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574 「創価学会」とは何か。(15)
折伏大行進
2006年8月10日(木)


 戸田が創価教育学会を創価学会と改称した後、創価学会は急激に巨大教団 に成長していく。その過程を年表風にまとめてみよう。

1946年3月 創価教育学会を創価学会と改称し、理事長に就任。 1951年5月3日 理事長を辞し、第2代会長に就任。  就任式は向島の日蓮正宗寺院、常泉寺で行われた。戸田は、集まった 1500人の会員の前で、「私が生きている間に75万世帯の折伏は私の手でする。 もし私のこの願いが、生きている間に達成できなかったならば、私の葬式は 出してくださるな。遺骸は品川の沖に投げ捨てていただきたい」と宣言した という。このときの会員数は1000世帯ぐらいと推定されている。

 このときの戸田の宣言は「折伏大行進」と呼ばれた。これをきっかけに 会員の布教活動が活発になり、創価学会は急激に大きくなっていった。
1951末の時点で5700世帯にまで増える。
1953年には70,000万世帯
1954年には160,000万世帯
1955年には300,000万世帯
1958年4月2日 戸田城聖死去。この年会員数は1000,000世帯に達している。

 その後、
1960年には1500,000世帯を超える。
1964年(東京オリンピック開催)5000,000世帯を超える。

 この急激な成長の要因は何であろうか。島田さんは

(1)経済的下層の人たちを惹き付ける戸田の性格と演説
(2)高度成長期問という時代背景
(3)伝統的は仏教信仰を否定している創価学会の特異な教義

の3点から分析している。

 第1点について、島田さんが引用している戸田の演説を列挙してみよう。

 まず島田さんは戸田の話しぶりがその野太い声、ざっくばらんな語り口が 「田中角栄元首相の演説を彷彿とさせる」と指摘している。戸田の演説を記 録したレコードを聞いて、島田さんは次のように述べている。


 一番驚かされるのは、戸田が明らかに酒を飲みながら講演を行っている点で ある。街の酔っ払いがくだを巻いて滔々と自説を披露することがあるが、戸田 のはまさにそれだった。(中略)しかも、ある講演のなかで、その時点で刊行 間近だった彼の『人間革命』についてふれ、一所懸命書いたのでベストセラー にしてくれと会員たちに訴えるとともに、前半の部分はまったくのでたらめだ とさえ言い放っている。すでに指摘したように、「人間革命」は、誰かの代作 によるものと思われるが、…

 次は、創価学会に入信した経験をもつ小説家の志茂田景樹の『折伏鬼』 (文春文庫)という小説からの引用だが、島田さんは「これは小説であると は言え、著者の経験が反映されており、戸田の講演をリアルに伝えてくれて いると考えていいだろう。」と述べた上で、次のような引用をしている。

 主人公で著者の分身である「私」は、中学一年生だった1953年、東京の中野 で、見ず知らずの中年女性から中野公会堂の講演会に誘われる。ついていくと、高い声で興 奮してしゃべる女性の後に、多田皓聖(こうせい)が登場した。この多田のモ デルが戸田である。

 多田は聴衆にむかって、
「このなかで、あした食べるパンもないというのは いるか、ええっ」と問いかけた。しかし、誰も手を上げない。そこで多田が 「こうして、ここから見てたって、気息えんえんて感じのがうようよいる。 遠慮しねえで、ほれ、手をあげてみなったら」
と呼びかけると、あちこちで手が上がった。
 その光景を見て満足そうだった多田は、
「手をあげた諸君に約束しよう、この多田皓聖が一カ月後に諸君をみな生活 苦から解放してあげる。ポケットにはいつも千円札がいっぱいあって、後楽 園にいけて、飲み屋のハシゴができて、アルサロにもいけて女給にチップを はずむことができる境涯にしてあげよう。この多田が確約する」
と言い放ったのである。

 生活苦からの解放を請け合う代わりに、一日一人を折伏し、一日三時間題 目をあげることを聴衆に約束させた。そして、折伏に行くにも金がないのを 見越して、
「あす食べる米もない諸君は、折伏にいく電車賃も当然おしかろう。金は折 伏する相手に借りるんだ。必死に折伏すれば、相手は信心しなくても金は貸 すよ」
と言って、彼らを笑わせた。そして多田は、次のように庶民の夢を語った。
「なにしろ折伏しようや、なあ。われわれがまた四畳半のところに生まれてき て、きたない着物を着て、一生貧乏で暮らしたりするのはいやだもの。生まれ おちると、女中さんが三十人もくっついて、ばあやが五人もいて、年ごろにな れば、優秀な大学の卒業生として、お嫁さんはむこうから飛びついてきて、良 い子どもを生んで、立派な暮らしをする。そういうところへ、つぎには生まれ てこようよ、なあ諸君」






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575 「創価学会」とは何か。(16)
創価学会成長の時代背景
2006年8月11日(金)


 創価学会が急成長して行ったときの社会背景はどのようであったか。
 1950年に勃発した朝鮮戦争が生み出した特需によって日本社会は敗戦後続いてい た不況を脱していく。いわゆる経済高度成長は1955年に始まるとされている。 経済白書が「もはや戦後ではない」とと宣言したのは1956年だった。国民所得 が戦前の水準を上回り、消費革命がはじまる。1960年、首相となった池田勇人 は「所得倍増計画」を発表し、日本の経済成長率は10パーセント平均で推移す ることになる。

 しかし、この高度成長は都市の過密化、農村の過疎化を引き起こし、社会構成に 大きな階層格差を生み出した。「岩波講座・日本歴史第23巻」所収『「高 度成長」と社会構造の変化』(執筆者・星埜惇)から引用する。

 「高度成長」は、さきにみた過密・過疎化をともなう広汎な地域間の人口流 動とともに、戦後日本の階級構成にいちじるしい変貌をとげさせることとなっ た。すなわち、当初における農地改革→地主制解体→→自作農創出、独占資本 の早期的復活強化=国内単一支配は、「高度成長」の過程をへることによっ て、一方では農業部門からの年々数十万人に及ぶ広汎な労働力流出(50年代後 半以降の新規学卒流出・61年以降の世帯主および後継者流出)と、農家の兼業 化を急激に進展せしめ(こんにちでは、すでに800万人をこえる兼業従事者と、 100万人以上と推定される農村居住の労働者を生みだすに至っている)、他方で は、資本家階級の増大とその金融資本との結合による六大企業集団による支 配、個人企業主・自営業者・家族従業者の没落、労働者階級の急拡大とその広 汎な「貧困化」「労働の社会化」を生ぜしめているのである。

 1970年には、資本金10億円以上の巨大企業1300社たらず(企業数の0.28%、 従業員数の29.8%)のものが、すべての法人企業の払込資本金の60%余・固定 資産の65%・総売上の47%を占め、電気業のほぼ100%、船舶製造業・ガス業の 90%以上、鉄鋼業・電気器械業・化学工業等の80%以上の資本を掌握して、日 本の基幹的産業部門をほぼ完全に占拠するに至っている。また、これとともに、 独占による中小零細企業の系列支配とこれによる階層分化・格差拡大がひろくか つふかく進行し、とりわけ55年から60年の間を画期として個人企業主・自営業 者・家族従業者(とくに農林漁業従事者)が減少して労働力人口の過半をわり、 ほぼ三分の一の水準にまで低落した。

 さらに、1950年以降、5年おきに、およそ400万人ずつの労働力人口・就業人 口が増大するなかで、農林漁業従事者をのぞく労働者階級が急拡大して労働力 人口の半ばをこえ、70年には60%に接近する事態がみられるのである。さきに みた農家経済の状態からして、自営業者層のなかにふくまれている農林漁業従 事者の多くが、すでにプロ化ないし半プロ化していることを考慮に入れるなら ば、この事態はさらにドラスティックであるといわなくてはならない。


 高度成長といっても恩恵を受けている労働者は大企業従業者や公務員などだけで あり、農村から都市へと流入してきた圧倒的多数の未組織労働者は低所得の貧 乏生活を強いられていた。「ああ上野駅」(だったかな?)だとか「チャンチ キおけさ」といった歌謡曲はその頃の世相をよく反映していると思う。(私は 東京生まれだがどういうわけか「チャンチキおけさ」が好きなのだ。昔は酔っ 払うとよく歌った。)

 そのような都市に出てきたばかりの生活も身分も不安定な人たちを惹きつけ たのが新興宗教、とりわけ立正佼成会・霊友会・創価学会といった日蓮系、法 華系の新興宗教であった。社会党も共産党も総評や同盟といった労働組合も、 そのような人たちを取り込む施策も魅力も持たなかったといわざるを得ない。 その頃すでに創価学会に完敗している。

 さて、島田さんは創価学会の構成員についての社会学者・鈴木広さんの研究を紹介して いる。(『都市的世界』第五章「創価学会と都市的世界」)

 この本は、創価学会=公明党が言論弾圧事件を起こす1970年に刊行されてい るが、創価学会をあつかった章のもとになったのは、「社会学研究」(東北社 会学研究会刊)に1963年と65年の二回にわたって連載された「都市下層の宗教 集団」「福岡市における創価学会」という論文であった。

 『都市的世界』が刊行される際に、鈴木は、論文執筆後に公明党が参議院選 挙に出馬した事態を踏まえ、1956、59、65、68年に行われた四回の参議院選挙 の際に、公明党の獲得した票をもとに、創価学会が進出し、拡大している地域 についての分析を加え、論文の前半部分を大幅に書き換えている。

 その分析によれば、伸びが著しいのは、都市とその周辺、とくに太平洋ベル ト地帯だが、東京都では頭打ちから減少に転じていて、むしろ東京に隣接した 諸県で増加しているという結果が出ている。鈴木は、この分析から、創価学会 は労働組合と同様に都市型組織であると説明している。

 興味深いのは、論文の元になった1962年7月から9月にかけて福岡市で行われ た創価学会員に対する面接調査の結果の方である。この調査によって、学会員 の属性が明らかにされるとともに、なぜ創価学会が高度経済成長の時代に発展 したのかという謎を解く鍵が明らかになってくるのである。

 調査によれば、福岡市の学会員は、学歴が低く、高卒以上は全体の三割を占 めるにすぎない。多くは小学校や中学校しか出ていない。職業の面では、「零 細商業・サービス業の業主・従業員と、零細工場・建設業の工員・単純労働者 など」が中心である。つまり、創価学会はたんに都市型組織であるというだけ ではなく、論文の副題にもあったように、都市下層のための宗教組織なのであ る。

 鈴木は、調査対象となった学会員の生家の職業と出身地の分布についても分 析を行っている。それによれば、農林漁家と商工自営の家に生まれた者が全体 のおよそ七割に達していて、現在住んでいる場所に生まれた者はゼロに近く、 福岡市内の別の場所に生まれた者を加えても二割に満たないという。福岡市の 外で生まれた者が八割を超え、その大部分は農家の出身であった。市内に生ま れた者の場合、約半分は商工自営であった。

 つまり、学会員となった人間たちは、福岡市に生まれ育ったわけではなく、 最近になって、農村や漁村、山村から福岡市に出てきたばかりの人間たちで あった。彼らは、学歴が低く、そのため、大企業に就職することもできない。 労働者ではあっても、労働組合の恩恵にあずかることができず、未組織の労働 者として不安定な生活を送らざるを得ない境遇にあった。彼らは、都市の下層 階級に組み込まれており、その点について鈴木は、彼らは常に「生活保護世帯 に転落する危険と不安にさらされている」と指摘している。


「手をあげた諸君に約束しよう、この多田皓聖が一カ月後に諸君をみな生活 苦から解放してあげる。ポケットにはいつも千円札がいっぱいあって、後楽 園にいけて、飲み屋のハシゴができて、アルサロにもいけて女給にチップを はずむことができる境涯にしてあげよう。この多田が確約する」

「なにしろ折伏しようや、なあ。われわれがまた四畳半のところに生まれてき て、きたない着物を着て、一生貧乏で暮らしたりするのはいやだもの。生まれ おちると、女中さんが三十人もくっついて、ばあやが五人もいて、年ごろにな れば、優秀な大学の卒業生として、お嫁さんはむこうから飛びついてきて、良 い子どもを生んで、立派な暮らしをする。そういうところへ、つぎには生まれ てこようよ、なあ諸君」

 この多田=戸田の小説中の演説がとてもリアルな響きをもって聞こえてく る。現世利益の宗教とただ否定するだけでは真の批判にはならない。ふたた び引用すると

「現実的世界の宗教的反映は、総じて、実践的な日常生活の諸関係が人びと に対し、彼らの相互間および対自然のすきとおるような・理性的な・諸連関 を日常的に表示する場合にのみ、消滅しうるのである。」(マルクス『資本 論』)

 人間と人間、人間と自然の関係をすきとおるように理性的に明らかにした 上で、戸田が約束するものを凌駕する、すきとおるような理性的な社会 のビジョンを提示する思想や倫理が構築できたとき、宗教は死滅する。

 柄谷行人著「世界共和国へ」(岩波新書)をそのような観点で読んだ。いつか 取り上げてみたい。





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576 「創価学会」とは何か。(17)
宗教を否定する宗教
2006年8月12日(土)


 創価学会が日蓮正宗から破門されるに至るいきさつはかなり複雑でその抗争も 十数年続いたようだ。私にはその抗争には興味はない。だたその理由となっている 教義逸脱の内容のうち創価学会の成長の秘密をとく鍵となっている2つ点がある。 その2点は日蓮正宗からの逸脱というばかりではなく、既成仏教そのものからの 逸脱という性格のもので創価学会の急成長を読み解く重要な鍵である。

 宗教によって呼び名は異なるが、全ての宗教は「霊」の存在を自明の前提と していて、それへの信仰が教義の中心にある。もちろん私にとっては霊の存在 などバカ話の類でしかないが、なんと、創価学会も霊の存在を否定していると いう。

 創価学会が、折伏大行進の号令のもと、急拡大を続けていた時代に、折伏の ためのマニュアルとして配られた『折伏教典』では、「霊魂は存在しない」と 断言されている。また、占いや易などについても、「これが今後の自分の人生 を幸福にしていく指針だとするのは、大きな誤りであり、最大の危険である」 として、その価値はまっこうから否定されている。

 創価学会が他の宗教を全て否定して、創価学会だけが科学的だと自賛している根拠は この辺にあるのかもしれない。しかし、霊の否定は宗教の呪縛を解くことにつなが るのではないか。あと、一念三千という教義の解釈から人間洞察としての意義 以上の意味を持たせる認識論的逸脱を取り除けば、創価学会はもはや宗教団体 とは言えまい。そのとき私は、なるほど創価学会は科学的だと認めるのにやぶ さかではない。
 創価学会はいっそうのこと宗教の看板をおろしたらどうか。そうしたとき 真の「人間革命」が始まるのではないか。私にはとても好ましいことに思え る。

 いま、コイズミの愚行を控えて靖国参拝の是非を問う議論が喧しいが、私は 一貫してしらけている。「へえ、皆さん霊の存在を信じているのですかねえ」とまぜっ かえしたくなる。また、戦争で殺されたのは兵士だけではない。戦争によって 殺された兵士以外の人々は問題にならないのか。敗戦直後の混乱と貧困の中で 無念に死んでいった人たちもある意味では戦没者だ。もちろん、日本に侵略された 国々の人たちも含めてだ。それら全ての戦没者はその家族や友人や恋人の心の 中で追悼されているし、それしか本当の追悼はありえない。国家がしゃしゃり 出る問題ではない。国家はひたすらあの無謀な戦争を反省し、被害者に償い、 戦争を起こさない外交や施策に一生懸命邁進するだけでよいのだ。国家による 殺人を正当化するために戦没者を利用するな。
 といっても、現今の政治家どもの志の低さに思い至れば、これも空しいたわ ごとでしかないか。
 本題から外れてしまった。戻ろう。

 霊の否定は同時に仏教がかろうじて存続している理由の祖霊信仰・先祖供養 の否定である。そしてさらに僧侶(寺院)による葬儀の不要を意味する。 事実、創価学会は「同志葬」とか「友人葬」と呼ばれる独自の葬儀形式の確立 に力を入れてきている。これは日蓮正宗から破門されたことに対する対応策な のか、あるいは破門の理由の一つだったのか、時間的前後関係がよく分からな いが、いずれにしても仏教からの逸脱であることに変わらない。この点でも 創価学会は無宗教の宗教というジレンマに直面していることになる。
 宗教から解放されている人々の間では宗教色のない葬儀が当たり前になって きている。創価学会の「同志葬」とか「友人葬」も私にはとても好ましいこと に思える。

 さて、創価学会のこの既成仏教からの逸脱が創価学会の成長の要因の一つだと、 島田さんは分析している。

 創価学会に入会した者には、大石寺の板曼荼羅を書写したものが本尊として 授与される。学会員たちは、その本尊を家庭で祀るために仏壇を購入した。そ の仏壇は、日蓮正宗に特有の形式をもつもので、「正宗用仏壇」と呼ばれる。 一般の家庭では、仏壇に先祖の位牌を祀ることが一般的だが、学会員の仏壇に はなによりも日蓮の曼荼羅が本尊として祀られてきた。その点でも、創価学会 には、先祖供養の要素は希薄なのである。

 そこには、創価学会の会員たちの出自がかかわっていた。彼らは農村部から 都市部へ出て行く際に、実家にあった仏壇をたずさえてはこなかった。そのな かの大半は、祭祀権をもたない次、三男だったからである。彼らには祀るべき 祖先がなかった。それは、彼らが、実家で実践されてきた伝統的な先祖供養か ら切り離されたことを意味する。そうであるからこそ、祖先の霊を中心とした 霊信仰に関心をいだかなかったのである。

 すでに述べたように、創価学会に入会した人間には、戦前の創立当初から 謗法払いが勧められた。謗法払いを行うには、他宗教や他宗派の信仰にかか わる神棚や仏壇などを焼却しなければならない。そうした方法を会員たちが 受け入れたのも、彼らが伝統的な信仰から切り離されていたからである。そ もそも多くの会員は、入会した時点で謗法払いの対象となる神棚や仏壇を 祀ってはいなかった。


 敗戦後、雨後の筍のように乱立した新興宗教のうち信者を多く獲得したのは 創価学会をはじめ立正佼成会や霊友会など日蓮宗関係の教団だった。そも中で 特に創価学会だけがずば抜けていったのはどうしてか。創価学会と立正佼成 会・霊友会との違いを島田さんは次のように分析している。
 創価学会が、日本の社会と衝突をくり返してきたのも、伝統的な信仰をまっ こうから否定したからである。そこから、創価学会の排他性が生み出されてい くことになるが、それを支えたのが、立正佼成会や霊友会にはない二つ目の 特徴であった。

 立正佼成会や霊友会は、創価学会と同様に在家の仏教集団である。その組織 のなかに、出家した僧侶は含まれていない。ただ、創価学会の場合には、その 創立以来、長い間にわたって出家集団である日蓮正宗と密接な関係をもってき た。その時代、創価学会の会員になるということは、そのまま日蓮正宗の信徒 になるということでもあった。その意味は小さくない。

 立正佼成会や霊友会の場合、総戒名に代表されるように、独自の先祖供養の 形式を作り上げたものの、特定の出家集団との関係が確立されていないため、 会員が亡くなったときには、会に独自な形式で葬儀を営むことができない。そ のため、元々の家の宗派の形式に則って葬儀を上げることが多くなり、会へ の信仰を捨てて既成仏教への信仰に逆戻りするきっかけとなる危険性を秘め ている。

 それに対して、創価学会員の場合には、亡くなっても日蓮正宗の僧侶に葬 儀を営んでもらうことができ、生家の信仰へ逆戻りする必要はなかった。そ れは、信仰を継続させることにつながる。日蓮正宗との関係が切れた後にも、 創価学会では、「同志葬」や「友人葬」と呼ばれる独自の葬儀形式の確立に力 を入れてきたが、それには葬儀を契機に信仰を捨てさせないための防御策の 意味合いがあった。

 要するに、立正佼成会や霊友会に比べた場合、創価学会の方が、独自の信仰 を確立する上において、より積極的で、より徹底してきたと言えるであろう。 伝統的な信仰や既存の信仰に対して、創価学会がそれを全面的に否定してきた のに対して、立正佼成会や霊友会では、むしろ融和的で、決してそれらを否定 してはこなかった。

 創価学会の方が、立正佼成会や霊友会よりも勢力を拡大し、社会的影響力を 増したということは、創価学会に集まってきた人々は、より徹底した信仰を 求めたと言えよう。あるいはそこには、自分たちを故郷から追い出し、都市 での新しくはあるが困難の多い生活を強いた社会への、強い反発心が働いて いたのかもしれない。





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577 「創価学会」とは何か。(18)
カルト宗教
2006年8月13日(日)


 創価学会員による北朝鮮まがいのマスゲームとそれを観覧する金正日まがいの 池田大作の映像を見てびっくりもし呆れもしたのが、このシリーズを始めるきっ かけだった。いままで、マスコミが報道する創価学会関連記事にも関心が薄く 無視してきたので、創価学会についてほとんど無知に等しかった。おそまきながら 詳しく知る必要を感じたのだった。

 創価学会の信者は現在、公称で2000万人といわれている。強引な折伏(しゃく ぶく)や家族ぐるみの入信の仕組みなどの組織的な戦略が行われたとはいえ、 2000万人もの信者を獲得した教義とはいったいどのような教義なのか、私の関 心はもっぱらその教義にあった。その教義を構成している2大要素の「価値 論」と「生命論」を梅原さんの論文を頼りに調べてきた。
 価値論というヨーロッパ型の思想と日蓮宗という仏教思想を結びつけた点が 一つの特徴だが、取り立てて新しい思想ではなかったし、人類を救済できるよ うな思想とはとてもいえない。他の日蓮宗系の教義とも大きな差はないのでは ないかと思われる。

 根幹の教義はそのようであったが、霊魂の存在を否定する点、従って先祖供 養も不要となるような点に他の宗教との大きな違いがあった。それが教団が大き くなる要因の一つでもあった。このことから、会員の圧倒的多数は「価値論」 とか「生命論」とかの小難しい教義に惹かれたわけではない、あるいは全くそ の根幹の教義など知らないのではないかということも容易に推測できる。また さらにこのことから、創価学会においては宗教的規範の形骸化はまぬがれない だろうということも、容易に予想できる。たぶん、創価学会は、現在、大きな組織的な問 題に直面しているに違いない。

 私の当初の目的はここで終わったと思う。しかし、最後に一つだけ触れてお きたいことがある。
 創価学会を批判する人たちの多くは創価学会にカルトというレッテルを貼って いる。「カルト」とはどういう意味だろうか。

 「カルト」という言葉はもともとは「なんらかの体系化された礼拝儀式,転じて ある特定の人物や事物への礼賛,熱狂的な崇拝,さらにそういう熱狂者の集団」 を意味していて、必ずしもマイナスの意味ばかりで使われたものではなかった。 それが、宗教だけに限らないが、「個人や社会に対して破壊的あるいは非人道 的な行為をしている」集団や組織を「カルト」と呼ぶようになった。特に宗教 の場合「カルト宗教」と呼んでいる。

 アメリカやヨーロッパではカルトに対する視線が大変厳しい。特に フランスでは国民議会がカルトに関して調査委員会を設置し、委員会は 1996年に報告書をまとめた。そこではカルトの本質を「全体主義的拘束的 反人権的団体」と規定して、カルトと認定するための10項目の具体的な要件 を設定している。

(1)精神の不安定化
(2)法外な金銭要求
(3)住み慣れた生活環境からの隔絶
(4)肉体的損傷
(5)子供の囲い込み
(6)大なり小なりの反社会的な言説
(7)公共の秩序に対する錯乱
(8)裁判沙汰の多さ
(9)通常の経済回路からの逸脱
(10)公権力に浸透しようとする企て

 そして国民議会は報告書の中で創価学会インタナショナル・フランスを カルト宗教と認定している。

 ちなみに、創価学会インタナショナル・フランスは日本における学会と格別 異なる活動をしているわけではなく、まったく同じ活動をしている。日本は カルトに対して寛容であると言うべきなのだろうか、それとも甘いというべき だろうか。

 最後に、創価学会のカルトぶりについては、次のサイトに詳しいので紹介 しておきます。フランスの国民議会のこともそのサイトで調べました。

巨大カルト教団

 なおつい先日、島田さんが「創価学会の実力」(朝日新聞社)という本を 出版されました。利用させていただいた「創価学会」の続編にあたります。 早速読みました。

 創価学会の現状を冷静に正確に分析しています。そして心優しくも最後を 創価学会に対する次のような提言で締めくくっています。カルト宗教から反 アヘンあるいはモルヒネとしての宗教への転換を薦めていると読みました。 また創価学会に対するこの態度はロールズの「寛容」(「第446回 3月6日」参照)の精神を体現している とも思いました。それを引用してこのシリーズを終わることにします。もちろ ん私自身はあらゆる宗教は消滅すべきだと思っています。

 (創価学会の)現在の組織は根本的な危機に直面しており、大胆な改革を 行わないかぎり、組織の大幅な弱体化は避けられない。また、閉鎖性を弱め、 多様性を許容する新しい信仰を切り開いていかなければ、創価学会が社会的 に評価されることはないであろう。

 おそらく、もっとも重要な検討課題は、現世利益の実現を約束する信仰の あり方を、今どのようにとらえるかという点であろう。ライブドアの事件を 契機に、金だけがすべてという風潮に対する強い批判が起こっている。現世 利益の実現と金だけがすべてという考え方とはどうしても重なって見えてく る。創価学会としても、拝金主義から脱却した新たな信仰のあり方を模索し ていかなければならない状況に立ち至っている。それは、会員の多様化とい う事態とも関係する。豊かさを実現した会員は、現世利益の実現だけでは満 足しない。

 ひたすら経済的に豊かになることを求めるのではなく、社会的な格差の是正 や、安全、安心な社会を実現するためのヒューマンネットワークの再構築・あ るいは教育の再生といったことを、宗教活動の中心に据える必要がある。公明 党の政治活動にしても、利益誘導から脱却し、新しい社会のあり方を提言する 政策政党への転換が求められている。

 近年の創価学会では、創価大学や創価学園が定着することで、教育の充実へ 活動の力点を移している。それは、もともとの形である創価教育学会への回帰 としてもとらえられる。創価学会が学会という宗教団体らしからぬ名称を使っ てきたのも、その底には教育や学術への強い関心が存在するからであろう。日 本の将来を考える上で教育は極めて重要である。創価学会が、創価教育学会的 な性格を強めていくことは、一つの新たな方向性を示すことにもなっていく。

 そうした方向に組織を改革できたとき、社会の創価学会アレルギーも改善さ れることになるであろう。創価学会が成熟した宗教団体として社会的な責任を 果たそうとするなら、国民全体に受け入れられる組織を作り、活動を展開して いく必要がある。それでしか、現在の危機を乗り越えることは難しいのであ る。