1. 教育反動の足跡 2004年8月15日

 「国家権力にとって教育とは、大衆支配の基本的かつ有効な 統御装置であり、 そのためにこそ、権力側は教育の管理権の可及権を絶えず拡大させようと 、意図的に 問題を惹起しては、反権力側と確執をを持つのである。当時の国家権力は それを <天皇>の名において<教育勅語>という錦旗を押し立てて、 極めて暴力的に教育権 そのものまでも収斂せしめたのである(中略)
  現在の権力も また例外ではない。 権力側によって強力に恣意的に歪曲された民主主義の名に於いて、 中正・公正教育な る錦 旗を押し立て、国定さながらの教科書検定を行い、七一年六月中教審答申 に見られる 職務職階制導入による教職員の隷属管理化、そして教職員の政治活動禁止と 、まさに太 平洋戦争前夜を思わせるような状況を作り、なお進行しつつある。やがて、これは学校 教育の問題に限らず、教育に関連する全ての分野へ波及することは明らかである。 したがって、教育の開題を、教育本来を捉える概念だけで見るわけにはいかない。 検定を通過した教科書から、原爆の写真が抹消され、戦争の悲惨を訴える描写が削 除され、平和憲法の解説がなおざりになり、戦争責任の韜晦がなされ、反面、皇室 に関する記事がふえ、歴史上の忠君の武将が登場し、国益、公益なるものの強調が 始まったことの意図するものがなんてあるかを予知せねばならない。これは極めて 危険かつ、重大なのだ。権力側の意図するものが、かなり露骨になって来ていると いえるだろう。」
(中山 恒「ボクラ少国民」より)

  山中恒氏の「ボクラ少国民」は1974年に出版されている。ちょうど今から30年前である。 鋭い警鐘を打ち鳴らす人は中山氏のみではなく、事あるごとにさまざまな人が同様な発言をし続けて きているが、それらの警鐘に応える抵抗の大きなうねりは被支配者の側にはついになく、自由と民主 を僭称する政党を中心とする支配者側は少しずつだが、狡猾にかつ着実に時代錯誤とも言えるよこし まな目論見を実現し続けてきた。とうとう厚かましくも心の中に土足で踏み込むように 「君が代・日の丸の強制」を打ち出してきた。そして憲法改悪を目論む勢力が大手をふっての し歩くまでになってしまった。その憲法改悪を米国が催促している。政治評論家・森田実氏 のホームページ「MORITA RESEARCH INSTITTUTE CO.LTD(http://www.pluto.dtine.jp/~mor97512/)」によると、アメリカの狙いは、 憲法を改正して徴兵制を国民の義務にすることだという。「押付け憲法」を憲法改悪の 理由の一つとする連中がその米国の意を改悪憲法に組み込もうとしている。これじゃまるで 日本は米国の属国じゃないか。


2. <4点セット>は不可分なもの 2004年8月16日

「<日の丸・君が代・教育勅語・靖国神社>は天皇制ファシストたちによってパックされた一連の理念の象徴であると同時に、一切の民主主義、社会主義、自由主義などの否定の上に成立する「臣民の道」として、天皇制ファシズム下の日本帝国臣民であるならば、何人といえども外れることの許されない関門であったことは、既に歴史的な事実なのである。
 その民主主義等の否定の上にしか成立しないはずのものであるにも拘らず、そうしたものを国家の名に於いて、ひとつひとつ復権し、権力の裏付けで国民に押し付けようと目論む者が、民主主義を標榜する国の権力中枢に在るということ自体、甚だ奇怪なことといわざるを得ない。」
(中山 恒「ボクラ少国民」より)

 (十数年前、学習指導要領に「君が代・日の丸」の義務付けが盛り込まれたとき、次のような文を書いて、職場で配った。)

 スイスやアメリカの学校では始業式はなく、ただちにその日から授業が始まる。そして年度の始業の日は、「いろとりどりの個性が開花へ向かう営みの始まり」にふさわしい行事、「知や情を刺激し」これからの学校生活への期待と希望をふくらませるような行事が工夫されているという。生徒も教師もさまざまな個性・感性を持った人間としてふるまえる始まりである。

  それにひきかえ、半世紀ほど前のわが国民学校の教育は次のように始まった。かっての少国民・山中氏は述懐する。「入学して私達1年生が最初に教えられたことは・・・敬礼だった。最敬礼だった。まず門をくぐったら、まっさきに奉安殿にむかって最敬礼することだった。そして次に、日の丸に対して、直立不動の姿勢をとってから、赤心こめて敬礼することであった。」 少国民錬成が入学と同時に始まるのだ。国家の忠実な一員、忠良なる臣民になるための心身の修養の開始なのだった。

  今の私たちの学校の儀式も褒められたものではない。「一同、礼」で始まり、「一同、礼」で終る。首尾一貫して、ただただ緊張ばかりを強いる。新入生や卒業生が主人公とはたてまえばかりで、半世紀前のままではないか。あと「君が代・日の丸」があればもうほとんど半世紀前と同じである。形式ばかりの事大主義が得意顔で号令をしている。

 <日の丸・君が代・教育勅語・靖国神社>は不可分の4点セット。教育勅語が昔のまま復活することはないとしても、その思想はすでに教育基本法に敵対して、大きい顔をしている。「君が代はよくないが日の丸はよいのではないの」なんていう人がいるが、そんな考えは誰よりも天皇教推進派が認めない。4点揃わなければ意味がないのだ。

 ところでこんなつまらぬ人権抑圧的儀式の形はいつごろできたのだろうか。
 学校教育での儀式ははじめは天皇家の祝祭日だけであった。始業式や入学式は、もともとは式ではなく、単なる授業はじめであり学校開きであった。卒業式もただの卒業証書授与であった。天皇制国家の下、臣民教育を秩序だてるために新しい「礼法」「礼式」が必要と、その形をつくり始めたのは森有礼。1889年に、「生徒児童の徳を強化」する目的で礼式のための「訓令案」をつくる。礼の仕方まで事細かに規定している。これがそのまま学校生徒礼式として採用される。明治の終り頃には学校教育の中の儀式が完全に定着する。
いま広く無自覚に継承されいる卒業式の式次第や恭しく証書を受け取る形式は、日清戦争以後1894・5年頃に確立し、祝祭日の儀式と並び最大の式となる。
 学校行事の式次第や礼の仕方、はては参列者の並び方までを行政権力がこと細かに決めるなど、古今東西例があるまい。


これを書いたとき、「君が代・日の丸」強制の締め付けはより過酷になってくるだろうと予想はしいたが、まさか再び「式次第や礼の仕方、はては参列者の並び方までを行政権力がこと細かに決める」ような時代錯誤な愚行が行われるとは思っていなかった。
 実際に行われた卒業式の場ではさらにおまけがある。教頭が教師たちの後ろで本当に歌っているかどうか監視したとか、来賓として参列していた都会議員が起立しない生徒たちに大声で「立ちなさい」と恫喝したとか。

 都教育委員会の通達の内容を知ったとき激しい憤りとともに、まず出てきた感想は「恥知らずなバカどもだ」だった。

 噴飯ものの詭弁、権力を笠に着た傲慢な強弁、片頬を歪めてシニカルに冷笑している差別意識。それを恬として恥じない醜く歪んだ自分の心の形にまるで気づかず、自分を偉い人間だと思い込んでいるらしい者を、私はバカと呼ぶ。権力や財力が大きくなるほどにバカになるようだ。

 イラクに大量破壊兵器はなかったことが判明すると「見つからないからと言って、フセインがいないとは言えない」とか、独善的で憲法違反の通達を一方的に出しておいて「先生には、国が決めたことを順守して、それを教育の一つの事例として子供に伝える責任があるわけでしょう」とか、選手会が話し合いたいと言うと「無礼なことを言うな。分をわきまえなきゃいかんよ。たかが選手が」とか。まるで「三バカ大将」だ。 

3. 抑圧者の正体 2004年8月17日

 抑圧者にとっては、自分たちだけが人間であり、他者は物にすぎない。また、かれらにとって、権利はひとつしかない。つまり、かれらが平和に暮すための権利(現体制を維持強化する権利-仁平注)である。それは、必ずしも承認されているわけではないのだが生きのびるためにあてがわれている被抑圧者の権利とは、まったく対照的なものである。かれらがこうした権利を被抑圧者にあてがう理由にしても、ただ被抑圧者の存在がかれらの存在に欠かせないからにすぎない。 (パウロ・フレイレ「被抑圧者の教育学」)

 パウロ・フレイレのいう「抑圧者(oppressors)」とは、私の用語で言えば、もちろん、「支配者」に他ならない。

 ところで次の文は誰の発言だと思いますか。

 「まず基本的なスタンスから述べたい。僕は自分の人生についていつも自由な人間でいたい。僕にとってそれしか価値のある生き方はない。(中略)自分の人生を束縛するものからは自分で守ろうと思う。今日の政治が手続きをすっ飛ばした全体主義的傾向にある温床も、こういう言葉狩りのような状況が作っていると思う。」 (斎藤貴男「非国民のすすめ」所収「差別主義者の無知」からの孫引き)

 「私は被支配者の一人であり、被支配者の側に立ち続ける」という私のスタンスからは、我が意を得たりと言いたい発言だが、なんと!!この発言者は衆議院議員時代の石原慎太郎なのだ。

  「自由」しか価値ある生き方はないと言いながら、教師や生徒の「自由」を扼殺しようとしている。手続きをすっ飛ばした「全体主義的政治」を憂慮する当人が手続きをすっ飛ばして「全体主義的政治」に猪突猛進している。

  彼の言う「自由」や「全体主義的政治」は、私たちが使うのとは意味が違うのだろうか。それとも彼は心にもないウソをついているのだろうか。
 彼は三浦朱門といい勝負の地に落ちた「腐れ文学者」だが、文学者には違いない。たぶん言葉が本来持つ意味で正しく使っていると信じよう。
 彼は他者の痛みや立場に無頓着に自分のあさましい思想心情を率直?に言葉にすることで負の大衆意識に取り入り票を集めたエセ政治家である。たぶんここでも思想心情を率直に語っていて、ウソはついていないと信じよう。

 彼にとっては「自分たちだけが人間であり、他者は物にすぎない。」のだ。それならばつじつまが合う。
 被抑圧者の自由や民主主義は、彼にとっては彼の自由を脅かす束縛であり、全体主義なのだ。

戦争は平和である
自由は屈従である
無恥は力である

(ジョージ・オーウェル「1984年」より)

   昨年の靖国神社参拝の折、記者の取材に答えて「俺にも俺の感情というものがある。 誰がなんと言おうと(靖国参拝は)やめない。」と言っている。
ここでも「尊重すべき感情」を持っているのは自分だけで、 他者のそれには一顧だにもしない。

 「君が代日の丸の強制」 を拒否する人たちはその理由を次のように言うといい。
  「私は自分の人生についていつも自由な人間でいたい。 私にとってそれしか価値のある生き方はない。 自分の人生を束縛するものからは自分で守ろうと思う。 また、私にも私の感情と言うものがある。誰がなんと言っても拒否し続ける 。これは偉大なる石原知事が認めざるを得ない理由なのだ。文句あるか。」

4. 「君が代日の丸」が「考えるな、服従せよ」と恫喝する
 2004年8月18日

「プロレ(被抑圧者・・・仁平注)が強い政治的感受性を持つのは望ましいことではなかった。彼らに要求されるものといえば素朴な愛国心だけで、労働時間の延長や配給の削減を受諾させる必要が生じた場合には、その愛国心に訴えさえすればよかった。」 (ジョージ・オーゥエル「1984年」より)

 「1984年」はスターリン支配下のソ連に触発されて書かれた と言われているが、私はこの本を読みながら、これは日本国の近未来を 描いているのじゃないかという思いを禁じえなかった。目下進行中の 反動的支配者どもの暴走をこのまま許してしまえば「大日本帝国」より ひどい国家になりそうだ。

 いろいろなところで引用されている のでご存知の方が多いかと思うが、私も紹介しないではいられない文 がある。
 斎藤貴男著「機会不平等」にこんな発言が取り上げられて いる。

 「学力低下は予測し得る不安と言うか、覚悟しながら 教課審をやっとりました。いや、逆に平均学力が下がらないようでは、これか らの日本はどうにもならんということです。つまり、できん者はできんままで結構。 戦後50年、落ちこぼれの底辺を上げることにばかり 注いできた労力を、できる者を限りなくなく伸ばすことに振り向ける。百人に一人でいい、やがて彼らが国を引っ張っていきます。限りなくできない非才、無才には、せめて実直な精神だけを養っておいてもらえばいいのです。(中略)
それが゛ゆとり教育″の本当の目的。エリート教育とは言いにくい時代だから、回りくどく言っただけの話だ。」
(「ゆとり教育」についての著者の質問に対する三浦朱門・前教育課程審議会会長の回答)

 人間を貶めることで自分自身を非人間化していることに気づかない。差別意識でガチガチの鼻持ちならぬエリート。このような情けない「バカ」どもが権力の中枢を取り巻いている。

 三浦が期待している「実直な精神」とはどんな精神だ。「君が代日の丸」の押し付けが目指しているものだ。支配者の命令に唯々諾々と従う精神だ。「君が代日の丸」が「実直な精神」の鋳型だ。
儀式の度に繰り返し繰り返し教師・生徒に思い知らせる。「考えるな、だた服従せよ、愛国心だけをこころに刻み込め。」と。

 今阻止しなければ、「君が代日の丸の強制」はやがて儀式のときだけにとどまらないだろう。、実際に、日常的に校庭の「日の丸」に敬礼し、どこで何をしていようと、直立不動で「君が代」の放送を聞くことを強いている小学校が既にあると言う。

5. 「三バカ大将」に贈る四文字熟語
 2004年8月19日

 ミステリー小説や時代物小説を読むこを私は息抜きの楽しみのひとつにしている。
 山本周五郎の短編集を読んだ。小説を読んでいるときも、しばし「三バカ大将」を忘れるため読んでいるのに、意識の片隅の「三バカ大将」にとげとげがあるらしく、そこに引っかかる文言がある。

「なんて世の中だろう、ほんとうになんていう世の中だろうね。お上には学問もできるし頭のいい偉い人がたくさんいるんだろうに、去年の御改革から、こっち、大商人のほかはどこもかしこも不景気になるばかりで、このままいったら貧乏人はみんな餓死をするよりしようがないようなありさまじゃないか。」(「かあちゃん」より)

 これはもう小泉改革への批判のようじゃないか。
 小泉は景気は回復してきたと自画自賛しているが、儲かっているのはアメリカ系企業と一部の大企業で、その恩恵に浴しているのは国民の20%位に過ぎないと言う。地方の疲弊はひどく、失業者に職がなく、労働者は無賃金残業のやらされ放題。小泉がやっている改革が格差を拡大するばかりのものであることがいよいよ明らかになってきている。

もう一つ「日々平安」より。主人公が述懐する。

 「元来が私は政治などというものに興味はないんです、しよせん政治と悪徳とは付いてまわるし、そうでない例はないようですからね、しかしそれにしても国許の状態はひどい、まるでもうめちゃくちゃなんだ」

「もっとも悪いのは、かれらがその声を無視することです、家中にだって批判の声が起こつている、若い人間のなかにはしんけんに思い詰めている者も少なくないんだ、しかしかれらはそういう声をまったく無視して、私利私欲のために平然と政治を紊(みだ)っている」


 そしてこの悪徳一派を批評する四文字熟語が四度出てきた。その度に「ああ、三バカ大将のことだ」と思った。順に「無恥陋劣、悪徳非道、不義無道、品性劣等。」

遊び心が出てきて、「三バカ大将」に贈る四文字熟語を辞書から拾い出してみた。あるわあるわ。

厚顔無恥、傲岸不遜、奸佞邪智、人面獣心、頑迷固陋、頑迷不霊、無知蒙昧、人権蹂躙、腐敗堕落、無理無体、魑魅魍魎、異端邪説、
そしてとどめは言語道断。



6. 石原が恋い焦がれている「国家」
 2004年8月20日


「われわれは、君が後へ引き返しょうもない点まで叩きのめしてやる。たとえ君が千年生きられたとしても、元の状態には戻れない程のことが君の身に起こる。君は二度と再び普通の人間らしい感情を持てなくなるだろう。君の心の中にあるものはすべて死滅してしまうだろう。君ほ二度と再び人を愛し、友情を温め、生きる喜びを味わうことも出来まい、笑ったり、好奇心を抱いたり、あるいは勇気を奮い起こしたり、誠実であろうとすることも出来まい。君は抜け殻になってしまうのだ。空っぽになるまで君を絞り上げてやる、それからわれわれを、その跡に充填するのだ」(ジョージ・オーゥエル「1984年」より)

    同じことの繰り返しになるきらいがあるが、同じような口撃(変換ミスではありません。)が執拗に仕掛けられてくるのだから仕方ない。抑圧者らが仕掛けてくる口撃には一つ一つ反撃しておこう。

 またしても石原だ。「君が代日の丸強制」の意図を、石原は正直?に次のように述べている。

(記者の質問)処分を中心とした方針で、知事がいつも言う、例えば健全な愛国心を持つことなどが教職員の中に本来的な意味で浸透していくとお考えか
(石原の応答)  「やっぱり物事には形というのがあってね。 つまりその形というものを極める、踏襲するということもですね、剣道だってそうじやないですか。 やっぱり素振りを繰り返すことでね、その素振りが違う形の技になって生きてくるわけですからね。 私はやっぱりそういう繰り返しというものは一つのフォームとして必要だと思いますね」
(6月8日付朝日新聞のコラム記事「石原知事発言録」から)

 ここでも得意顔で詭弁を弄している。
 まっとうな良心に苦痛を強いる (精神的な拷問だ)ための欺式(これも変換ミスではありません。)の形式と、剣道の身体修練の ための形式と、まったく位相の違うものを同列に並べて論じる詭弁だ。 こんな見え透いた詭弁に感心して説得されるのは、はなから抑圧者側に揉み手をしながらする 寄っている連中だけだ。

 冒頭の引用は、国家への反抗者の身体や神経や脳に想像を絶するような残酷な拷問を仕掛けながら、拷問を取り仕切る政府高官が吐くセリフだ。これに石原のセリフを重ねるのは大げさすぎるだろうか。
 儀式を「欺式」にするためのお仕着せの形式(精神的な拷問)を押し付けて、それを繰り返し仕掛けて、何を企んでいるのか。石原は、教師や生徒の良心を空洞化した上でその跡に「健全な愛国心」を充填する、と言っているのだ。

 ところで、「健全な愛国心」てなんだ?中身を曖昧にしたまま、人々のさまざまな考えや思いを十把一からげして、言葉だけを一人歩きさせる。これも抑圧者がよく使う詐術だ。
 まず「国家」をどのように捉えるかが問題だ。その捉え方によって「健全」の意味もまったく違ってくる。

 天皇に靖国参拝を懇願している石原の「国家」は推して知るべしだ。ことあるごとに「北朝鮮」に憎悪や敵意や嘲笑を剥き出しにする石原の「国家」はなんともよく「北朝鮮」に似ているか。石原の「北朝鮮」への憎悪や敵意や嘲笑は、近親憎悪だ。要するに「目くそ鼻くそ」なのだ。どちらが「目くそ」で、どちらが「鼻くそ」かは詮索すまい。

 「国家」については項を改めて述べようと思う。


7. 「非才、無才」が反逆する
 2004年8月21日

 「人間の遺伝情報が解析され、持って生まれた能力がわかる時代になってきました。これからの教育では、そのことを認めるかどうかが大切になってくる。僕はアクセプト(許容)せざるを得ないと思う。自分でどうにもならないものは、そこに神の存在を考えるしかない。その上で、人間のできることをやっていく必要があるんです。
 ある種の能力の備わっていない者が、いくらやってもねえ。いずれは就学時に遺伝子検査を行い、それぞれの子供の遺伝情報に見合った教育をしていく形になっていきますよ。」
(斎藤貴男「機会不平等」より江崎玲於奈・教育改革国民会議座長の発言)

 江崎のこのナチス顔負けの選別思想には恐怖すら感じる。江崎はこのような思想をいつどのように 身に付けたのだろうか。江崎のように安易に遺伝などどは言うまい。ましてや神のせいになどに 出来るわけがない。難問にぶつかって、真正面から取り上げようとはせずに、 神で解決しようとはあきれた物理学者だ。

 また「ノーベル賞を取った日本人は私を含めてたった五人しかいない。過去のやり方がおかしかった証拠ですよ。」とも述べて、選別・切り捨て教育の論拠としている。
 ノーベル賞受賞がよっぽど自慢のようだが、ノーベル賞がなんぼのもんじゃい。ノーベル賞受賞者が少ないことがそんなに憂慮することかね。
 物理学での功績と、人間抑圧に精を出している今の活動との足し算をすれば、江崎の人類への功罪は大きくマイナスのほうに振れているじゃないか。
 同じノーベル物理学賞を受賞した湯川秀樹や朝永振一郎は、私の知る限りでは、社会や人間に対する理解も深く、滋味溢れた人間性豊かな方々だった。選別思想や優生学的思想などこれっぽちも持っていなかったろうし、難問にぶつかって神にすがるようなこともしなかっただろう。江崎は両氏の爪の垢でも煎じて飲んだらよかろう。

 さて、「限りなくできない非才、無才」や「ある種の能力の備わっていない者」がいることは事実だ。三浦や江崎の価値観から見れば、私はそういう者の一人だし、私の人生を豊かにしてくれている私の家族や友人や生徒たちも私の仲間たちだ。

 人はだれも、その創造力や思考力や洞察力や精神力や感性や体力や運動能力や、総じて人間性をどのように獲得するのだろうか。それを遺伝せいにしてしまう単細胞的な思考力の持ち主はそうめったにいないだろう。
 人は母の胎内に宿ったときから、それぞれの家庭環境や経済状況など環界の制約の下で、さまざまな人や事件や思想や芸術や自然と出会いながら、相互に影響を受けたり与えたりして成長してくる。もちろんその人となりの根幹には遺伝が大きな要素の一つとしてあることは論を待たない。それら人生のすべての総和として人の今がある。人の能力を、学科が出来るとか出来ないとかいうたかが学校の成績に矮小化したとしても、それはその総和の結果なのだ。
 だから「限りなくできない非才、無才」や「ある種の能力の備わっていない者」がいる社会的矛盾はそういう者を切り捨てることでは解決出来ないし、それは非人間的行為として、やってはいけないのだ。

 江崎は生まれながらにして抑圧者なのか。私は生まれながらにして被抑圧者なのか。
たとえ江崎のような恵まれた才能を持っていても、私が抑圧者の側には立たないことは確かだ。
人類が落ちいてしまった陥穽・「支配ー被支配」とい矛盾を神のせいにして他者を切り捨てることで糊塗しようとせずに、矛盾の原因を現実の歴史の中で考え、自他をともに現実の中に置いて現実の矛盾の中にその解決の糸口を見出そうとするのも確かだ。

  抑圧者・被抑圧者がともどもに、抑圧-被抑圧の関係の矛盾 (双方の非人間性)の真の克服(双方の人間性の回復)を課題とするような 生き方に思いも及ばない三浦や江崎のような者の人生の「総和」には致命的 に欠けているものがあるのだ。

 「確かな思考、つまり、 現実にかかわる思考は、孤立した象牙の塔のなかでではなく、交流のなかからだけ生まれる。」 (パウロ・フレイレ「被抑圧者の教育学」)

 彼らには、現実にかかわる確かな 思考に必要な交流、とりわけ被抑圧者との人間的交流がたりなかった。彼らの精神は限り なく貧しい。
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9. 孔だらけにしてしまえ
 2004年8月23日

 「ペン部隊はもっと厳しく指弾されていい。私たちは 私たちの心の内と外にいるペン部隊的なるものをこそ攻撃すべきである。 だが、新しいペン部隊には、司令部も顔も人格も場所的中心もない。 鵺のようなものなのだ。撃つべき急所というものがない。じつにうまくできているのだ。ならば、成員に内部からの反乱を呼びかけるしかない 。おおかたの成員はペン部隊成員である自覚もないから、いかにも心許ないけれど、 部隊からの脱走ないし反乱を、「私性」をまだ完全には摩滅させていない 少数の部隊員に呼びかけるべきである。これは無駄な情熱というものかもしれない。でも、言うべきであろう。顔を取り戻せ、言葉を取り戻せ、文体を取り戻せ、恥を取り戻せ。反乱の勇気がないのなら、その場で静かに穿孔せよ。情報市場に細かな孔を開けてしまえ。 帰属する組織にたくさんの私的な孔を穿て。深く密やかに穿孔せよ。まっとうな知の孔を開けよ。孔だらけにしてしまえ。そのように呼びかけるべきである。ひょっとしたら、 呼応する者が幾人かいるかもしれない。」 (辺見庸×高橋哲哉「私たちはどのような時代に生きているのか」より)

 「ペン部隊」とは1938年に、国民の戦意高揚をはかるために戦地に派遣された作家・ ジャーナリストを構成員とする大日本帝国の戦争遂行のための宣伝マンたちである。1942年には「皇国 ノ伝統卜理想トヲ顕現スル日本ジャーナリズムヲ確立シ、皇道文化ノ宣揚二翼賛ス ル」ために「日本文学報国会」が創立され、ほとんどの文学者・ジャーナリストが 「尽忠報国」のための活動を極めて積極的に真面目に遂行するようになる。

 辺見氏は、絶望的な状況の中で真正面から権力と向きい、 孤立無援の闘いを闘っている 数少ないジャーナリストの一人である。
  現在のジャーナリズムの状況を、氏は「ペン部隊」と同じだと言う。 ジャーナリスト本来の役割を捨ててしまって、「尽忠報国」に奔走 する姿勢が大勢となっている。とりわけマスコミの状況がひどい。 孤立無援の闘いを闘っているもう一人のジャーナリスト・斎藤貴男氏 も著書「『非国民』のすすめ」で一章を割いている。政治評論家・森田実氏も そのホームページで再三再四 その危険性を指摘している。

 辺見氏の憤りは激しく絶望は深い。 それでも「ひょっとしたら、呼応する者が幾人かいるかもしれない」 とわずかな希望を託して、上記のような呼びかけをしている。 私には血を絞るような悲痛な叫びに聞こえる。

  「ペン部隊」を「権力に従順な教師や生徒たち」と置き換えて読んでみる。そこに「保護者たち」も入れていい。 もちろん、ジャーナリズムや教育の部外者でも、自分に引き就けて、自分への呼びかけと読めるはずだ。

 ボルテージの最も高い部分を教育現場への呼びかけに言い換えて みる。

  顔を取り戻せ
  言葉を取り戻せ
  誇りを取り戻せ
  恥を取り戻せ
  反乱の勇気がないのなら
  その場で静かに穿孔せよ
   教育現場に細かな孔を開けてしまえ
   帰属する学校にたくさんの私的な孔を穿て
   深く密やかに穿孔せよ
   まっとうな知の孔を開けよ
   孔だらけにしてしまえ


  抑圧者らへの批判や反論をしたり怒りをあらわにしているだけでは、 飲み屋での愚痴の言い合い, 傷のなめ合いと何ら変わらない。教育現場を孔だらけ にしてしまうための議論をしよう。
 ただこの種の議論では、現場の先生たちにとっては不愉快な意見も 多々述べる事になる。批判・反論を期待したい。

   私の生活圏が狭いために私の耳目に届かないだけで、 すでに各職場でいろいろな試みが行われているのかもしれないが、 教育現場で何事かがいろいろと始まってしかるべきだろう。
 まずは各職場で、不服従を貫いて闘っている人たちを孤立させ ない取り組みをすべきだろう。事あるごとに連帯を表明したり 激励したりするだけでもよい。さらにそれぞれの職場の事情に応じて、 連帯の仕方を創意工夫できるといい。
 一番有効なのは不服従の闘いに加わる教員が増えることだ。 もし私が現役の教員だったとして、不服従を貫けるかどうか確信がないので、 くちはばったい物言いになってしまうし、あまり現実的ではないことを承知で、 先生たちがんばれ、と言いたい。

     不服従を貫き、処分され、いま訴訟で戦っている人は200名ほどという。 200名も、と言う人もいるが、私はその数を知ったとき桁が違うと思って、 少しがっかりした。

 こんな想像をしていた。
 「教員時代を思い起こすと、どこの職場にも不服従を貫きそうな人は 数名ぐらいはいたように思う。いま都立高校の数は約200校ぐらいか。 一校に五人の不服従者がいれば、計1000人になる。一人一人が自分 の意思で決断した1000人。これは迫力がある。都教委には 「たかが教員などに何が出来るか。」と教員を見くびっている節がある。 1000人の抵抗という都教委にとってはおそらく予想外の事態に出会ったら、 都教委はさぞかし慌てふためくだろう。どんな対処が出来るのか、見ものだ。」と。

   次回から、直接抵抗以外の「孔の穿ち方」をいろいろ考えてみる。

 
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10. 教育現場での「孔の穿ち方」・その1
 2004年8月24日

  「でも風雨強かりし中で私は思い直します。
 時代の追風がある時だけ私たちは理想を語ってきたのでしょぅか。 日本国憲法の理想が日本社会で開花しているとでも考えてきたのでしようか。「日の丸・君が代」 で処分された夥しい教師たち、あるいは思想信条上の理由で差別され、抑圧されてきた多数の人びと の存在を想起するだけでも、私たちは決して物言わぬ教師になってはいけないと思うのです。 今こそ無力感や敗北主義を克服し、ピンチをチャンスに変えたいと思うのです。」
(「世界」2004年4月号所収・戸坂真「『日の丸・君が代』を生徒と学ぶ」より)

 この文の執筆者は埼玉県の社会科の先生のようだ。「孔の穿ち方」を次のように提案している。

 「「日の丸・君が代」の強制を凌駕するような卒業式づくりをめざし 、授業で「日の丸・君が代」を生徒とともに学び、保護者や地域の人々 と連携していきたいと思います。私自身もこのプランを実現する途上に 立っているに過ぎませんが、この議論と実践積み重ねていけば、少しで も現状を変えていけるだろうと期待します。」(下線、仁平)

 他府県の学校では、東京都でも小学校・中学校では、もうずいぶん以前から 「君が代日の丸強制」の嵐に見舞われ、既にその定着を許していることに改めて 思いいたる。もしかすると都立高校が「自由と民主」の最後の牙城なのかも知れない。 石原のなりふりかまわぬえげつない蛮行は、それゆえのあせりの表れなの だろう。

 戸坂氏のように地道な戦いを続けている教師たちが全国にたくさんいるだろうし、そうした教師たち の実践から学ぶことが多々あるに違いない。特に「保護者や地域の人々と連携する」 ことが重要だが、これが最も難しい。私には何をどうしたらよいのか、さっぱりわからない。 有効な実践があるのなら知りたいと思う。
 私には、そのことを自己目的化するのではなく、よりよい教育活動を目指す営みを通して 信頼関係を築くほかないように思われる。登坂氏の主張もそのように理解したい。

  ただ私は「「日の丸・君が代」の強制を凌駕するような卒業式づくり」 には異論がある。
 だいだい私は、結婚式や葬式も含めて儀式が大嫌いなのである。 儀式はうそっぽく、うさんくさい。大きな儀式になればなるほどその感がいよいよ強い。 国家が主催する儀式や、国家間の儀礼は、もう「欺式」と言うほかない。見るのもおぞましい。
担任をしていた生徒の卒業式では不覚にも涙を流したことがあるが、それでも嫌いだ。

 「君が代日の丸」のある儀式など、感動的なものにしてくれるな、と言いたい。「君が代日の丸」を拒否できない のなら、むしろ逆に、抑圧者以外は参列したくなくなるような、強圧的で貧相でばかばかしい卒業式 にしてしまえ、 と思う。内容を削りに削って、極端に言うと「日の丸」を敬虔な振りをして仰ぎ見ながら、「君が代」 をもぞもぞと斉唱するだけの式。いやいや参列しているものが「君が代日の丸の強制」に対する 抵抗の意思を新たに胸に刻むための式にしてしまえ。
 生徒の入学や卒業を心から祝う会は別にやればよい。その祝う会の方は、生徒と一緒に 大いに創意工夫して、のびのびと楽しく感動的な会にしょう。

 「君が代日の丸」のある式を感動的な式にするのは、「君が代日の丸」 があって当たり前というよう情況を作るだけだ。「君が代日の丸」があるから 感動も大きいのだとなっていく。まさにオリンピックでのように。

 オリンピックで人は何に感動するのか。選手たちが持てる力を出し切って記録や勝負に挑む姿 、その過程で見せてくれる見事な技、限界に挑戦する精神力。総じてたゆみない日ごろの厳しい修練の 結実に感動する。 それがいつのまにか「君が代日の丸」に感動してるように錯覚している。
 表彰台上の選手自身も、目的を見事に成し遂げた達成感と、そこに到るま での苦楽のすべてを反芻しての感動のはずなのに、「君が代日の丸」に感動してる ように錯覚して、実際にそんな感想を述べたりする。ばかばかしい。 国家権力の思う壺にはまっている。

 「素朴な愛国心」育成のために権力者はスポーツも利用する。 スポーツの利用はもしかすると教育利用以上に効果的かもしれない。 対象が子供だけでなく圧倒的に大人が多い。成人してからの意識の変革はむずかしいが、たいした反対 に出っくわすこともなく、当人にそれと気取られることもなく 、いつのまにか「素朴な愛国心」の「刷り込み」が出来てしまう。利用しない手はない。

 最近、サッカーのアジアカップで中国の観衆が「君が代」演奏に ブーイングしたのはけしからん、スポーツに政治を持ちこむな、 とマスコミ挙げての大合唱があったが、何をバカを言ってるんだと思う。 スポーツでの国歌演奏そのものが、国家権力の意を受けての政治介入だ。 スポーツに政治を持ち込むなと言うなら、スポーツでの国歌演奏は やめろ言うべきだ。

 「オリンピックやサッカーや甲子園では当たり前なのに、どうして学校 では駄目なのか」と言う論理を、学校に対する「君が代日の丸強制」に 賛成の人がよく使う。
 ちっとも当たり前じゃないのだ。学校の儀式のときと同様、サッカーの競技場で国家への忠誠と 天皇への帰順を胸に熱くたぎらせて立っているものが何人いると言うのだ。大方は苦痛を感じながらイヤイヤ立っているに 違いないのだ。 みんな自分の感情にしたがって、本当のことを言うといい。あれはいやだと。あんな ものが当たり 前になっていると勘違いしているのは、すっかり「素朴な愛国心」を刷り込まれ育成されてしまっている 者だけだ。

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11. 教育現場での「孔の穿ち方」・その2
 2004年8月25日

 学習指導要領も「君が代日の丸」をしっかり教えよと言っている。 しっかり教えよう。

 「君が代日の丸」を扱うのは社会科に限らない。どの教科の授業でも、 授業のまくらに政治時評や社会時評として、教師が自分の考えを述べる のに何の不都合もない。例えば「三バカ大将」がちょくちょくよいネタ をくれるだろう。「三バカ大将」の暴言虚言は格好の材料だ。「君が代日 の丸」に言及しなければならないことも多々あるだろう。
 これは単に個人としての意見を述べるのだから、教師の考えの一方的 押し付けで一向に構わない。

 しかし、例えば社会科で扱うなら、教材の一つとして授業全体の中に しっかりと位置付けすべきだし、教師の考えの一方的押し付けではい けない。そんなのは授業とはいえない。それでは都教委がやっている押 し付けの裏返しに過ぎないことになる。きちんとした授業案を練って 望むべきだろう。

 社会科以外で本格的に取り上げられないか。私は卒業学年の担任のとき、 ホームルームで取り上げたことがある。この場合も教師の考えの一方的押し付けではいけない。
 結果は、中途半端で欠陥だらけのものになってしまったが、何かの参考になればと思い、紹介したい。
 始めの構想は次のようだった。

1. 生徒全員からアンケート形式で意見を聞いて、プリントにして配る。
2. それをもとに討論をする。(全員が前を向いての討論はほとんど 意見が出ない恐れがある。出来ればディベートが面白い。)
3. 私の考えを伝える。(私は話がへたくそなので、プリントにして配る。)
4. 再度アンケートを取り、プリントにして配る。

 私の力量不足と時間制約とで、「1」と「3」だけでお茶を濁してしまった。
 しかし、親しい友達どうしでもこのような問題を話題にすることはないと思われるので、お互い級友がどう考えているのか知り合うだけでも有意義だったと、自ら慰めている。
 時間制約と言うのは、時期が3年の2学期末の卒業間近で、卒業関係の 課題がぎっしり詰まっており、ホームルームの時間を 割くことが出来なかったためだった。アンケートの回答の中に 「生徒の卒業式が近づくと、いきなり問題をとり立てるのにも疑問を 感じる。私たち受験生に聞くのはこくだとおもう。もっと高1・2ぐ らいのときから、もんだいていきしてもらわないと『いきなりだ』と 思える。」と言う指摘があって、耳が痛かった。

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12. 十年前の高校生の意識
 2004年8月26日

 十年ほど前にホームルームで試みた「君が代日の丸」についてのアンケート の回答をまるごと紹介します。ただし、「よい」とか「よくない」とか「 どちらでもよい」とかだけの回答は省いた。順序も回収したときの順序のまま で、編集作業は何もしていない。

 俗に十年一昔という。一昔前の高校生と現在の高校生と、その意識に 変化はあるのだろうか、ないだろうか。興味のある問題だ。現在の高校 生についての資料がほしいところだが、どなたか提供してくれませんか。


「卒業式に日の丸を掲揚したり、君が代を歌うことについて、君はどう考えますか。」


回答  3年2組 42名(在籍44名。白紙1,欠席1。)

(1)「君が代」は卒業式で歌いたくない。あと、体育館の校旗のとなりなどに国旗はあってほしくない。私個人としては校庭のポールに国旗と校旗があるのはかまわないと思う。

(2)「君が代」まず天皇制がどうこうよりも、国歌は国民・人類みんなで力を合わせて前進しようとか、いうものに変えるべきだと思う。それに、君が代は開国後に作られたもので、皇太子の結婚のときも宮内庁はプログラムに入れなかったけれど、文部省が強引に入れさせたということでも、君が代を歌って得をすることはないと思う。ぼくは君が代は歌わない。
「日の丸」日の丸はOK!だけど、学校には掲げないほうがいい。国のためになる人材を育てるのが学校、主に公立校の役割だけれど、君が代日の丸が大好きで、愛国心とか言っているヨイコチャンが本当に国を良くするのかというと、違うと思う。それよりも批判する人間が必要だと思う。

(3)日の丸に関しては特に言うことはありませんね。白布に赤い丸。深い意味があってもシンプルすぎてどうとでもとれますから。長い間あれで通ってきているんだからかまわないと思います。ちょっと言いたいことがあるとすれば、・・・ノーコメント

(4)別にどうでもいいが、強制するのは間違っている。 君が代はテンポがなく暗い。今になっても歌詞の意味がわからない。卒業式に何のために国の歌を歌うのか説明してほしい。

(5)歌を歌うのは嫌いだから歌いたくない。日の丸は立派だから良い。

(6)君が代はいらない。誰も歌わないし、歌詞もあいまいにしか知らないので時間のムダ。日の丸は別に旗が何かしてくるわけでもないし、ただぱたぱたしているだけだから、どっちでもいい。変なのが来て話がややこしくなると、ややこしい(当たり前)ので、両方ともいらない気がする。

(7)日の丸をあげたり、君が代を歌ったりするのは別にどうとも思わないけど、国が強制してさせるのは良くないと思う。

(8)君が代は歌わないほうがよいが、学校の校歌を知らないので、そっちのほうが問題である。
国旗があがっていてもいなくても、別に気にしたことはない。

(9)君が代は嫌いなので強制されたくはない。日の丸は別に気にしない。

(10)日の丸はどうでもよいが、君が代は暗い曲だから歌いたくない。

(12)私は君が代を歌うのはイヤです。今は席を立っているだけみたいで、聞きたくもないのに聞いているし、意味のないことをしている気がします。旗をあげても私たちに何の影響がなければいいけれど、天皇に対して支配されているとか、そういう臣下みたいになるのはすごくイヤです。 私たちの大切な卒業式には、天皇のために旗をあげるのも、君が代を歌うのもイヤです。自分たちのための卒業式だから、私たちがイヤだと思えば、やらなくてもいいと思います。
私ははっきりいって反対です。

(13)日の丸と君が代は天皇の行事のときだけやればいい。卒業式とか入学式には学校の旗と校歌をやればいい。もしそれで何かものたりないと思うなら、主役である生徒が式の企画をやってもりあげればいいと思う。それでもし日の丸とか君が代がやりたいと思ったらやればいい。卒業式や入学式まで国にとやかくいわれたくない。戦前の日本じゃないんだから。

(14)小学校も中学校も君が代を歌ったし、日の丸もあげた。だからないとさみしいと思う。
何で反対したり賛成したりするのかわからない。去年の卒業式を見て、先生の服にワッペンで「私は日の丸君が代に反対です。」とかいうのをつけていたのは驚きました。反対賛成は個人の自由ですが、わざわざ式の当日にまでも、目立つ色でワッペンをつけないでほしい。日の丸は国旗だし、君が代は国歌なんだから、いいのではないでしょうか。オリンピックでも優勝すれば日の丸があがり、君が代が流れるのだし。どっちにしても当日の先生方のワッペンには反対です。
どういう意味で反対で、どういう意味で賛成なのかがわかりません。

(15)日の丸君が代について思うことは、まず、中学校までならば義務教育ということで別に気にもとめていませんでしたが、(というのも)君が代に意味があることに最近まで知らなかったので、今思うと、やはりよしあしにかかわらず、現在の教育制度はよくない。(意味を知っていたら)歌うかといわれれば、NOでしょう日の丸についていえば、文頭にも書いた通り、義務教育下では許せないこともないが、高等学校は(今でこそ進学率が高く、義務教育のように思われているが)義務教育ではないので、かかげるべきではない。むしろ国旗より校旗をかかげたほうがいいのでは(国旗にくらべれば問題はないのでは)
北園の校風の自由を最優先にし、文部省が何をいおうとも反対すべきである。

(16)反対。天皇嫌いだから。

(17)旗をあげることで何かがかわるのはいやだけど、何もかわらないのなら旗はあげても気にしない。歌はわざわざ歌いたくない。

(18)賛成。理由:卒業式に今までずっとくっついてきていたから。

(19)日の丸・君が代には反対も賛成もしない。その学校の判断にまかせる。

(20)日の丸君が代を卒業式に取り入れるかどうかはどちらでもいい。というより、そんなのあってもなくても関係ないという感じ。むしろ私たちの卒業式を利用して国に抵抗しようと、看板をたてる教師の方がいやだ。卒業式にどろをぬられる感じがする。それに卒業式が近づくと、いきなり問題をとり立てるのにも疑問を感じる。私たち受験生に聞くのはこくだとおもう。もっと高1・2ぐらいのときから、もんだいていきしてもらわないと「いきなりだ」と思える。とりあえずせんせいたちにしてほしいことは、卒業式をつまらないものにしないでほしいということ。

(21)君が代は日本の国歌なので卒業という1つのけじめの時に日本人として誇りを持ち外人みたいに歌った方が、めんどうくさいけどいいと思う。
国旗掲揚は舞台に日の丸の旗をかかげなければ、別にかまわない。舞台のところにあると、日の丸に頭を下げていることになるので軍国主義みたいで嫌だ。

(22)卒業式に君が代は絶対にいやです。この歌は天皇のためにつくられた歌で、なんか自分たちの卒業式なのにわざわざ歌うのはおかしい。それならば、自分たちで卒業式に歌いたい曲を選んで、最後に1曲歌いたい。
国旗もなんとなくいやだ。これは日本のためじゃないから、校旗だけでいいと思う。

(23)小・中とで日の丸も君が代もしていたから、当たり前のことだと思っていたけれど、あまり歌いたくない。日の丸は別に飾ってもいいと思う。きっと歌うことになっても、歌う人はあまりいない気がする。
(みんな校歌が歌えないから悲しい。卒業式にはみんなで校歌を歌いたかった。)

(24)卒業式に君が代を歌うのはあまり賛成しない。君が代を好きでない人もいると思うから、強制してはいけないと思う。君が代は何をいっているのか意味がわからなくて、暗い。このさいだから、国民をたたえる歌(いわゆる国歌)を一般募集して国民投票で決めてみてはどうかと思う。 日の丸についてはあげる必要はないと思う。日の丸は、日本の軍国主義統一のために使われたという悪いイメージがあるから、このさい国旗も一般募集して、国民投票で決めてみるのもいいと思う。

(25)日の丸の意味がよくわからないので、日の丸については何ともいえませんが、“君が代”は天皇制に反対の人もいると思うから、君が代は歌わない方がいいと思う。

(26)君が代はいい曲だから歌いたい。日の丸はどちらでもいいと思う。あっても別に何とも感じない。

(27)日の丸・君が代について反対です。戦後廃止されたものをもう一度行なうことは軍国主義にたちかえるような気がします。小さな問題のような感じがしますが、こういうこともきちんとけじめをつけて、戦前・戦後の区別をすべきだと思います。

(28)「君が代」の君の字はどうも天皇のことを指すらしい。つまり天皇を卒業式にたたえるのかおかしい。反対。
「日の丸」について。上げることに不満はないが、ここは他の人の意見を知りたい。再審。ただ上げること自体をプログラムとして組むのは反対。上げるならさりげなく、あるかないのかわからないぐらい存在感をなくすのがよい。

(29)君が代・日の丸というものは天皇を祭ったものだし、日本の国歌や国旗というものではないと思うので、歌う必要はないと思う。歌いたくない。

(30)どちらとも言えません。でも、日の丸をあげたり、君が代を歌ったりするのは、何だか意味のないことのように思えます。

(31)結論・両方とも反対
もともと良いイメージをもっていない。君が代は「天皇をたたえる歌」であり、進んで臣民にも国民にもなったわけでもない。学生がわざわざ卒業式に歌う義務はない。
日の丸もほぼ同様。校旗ならともかく、国に礼する必要を認めない。
現実を考えず、体面だけ重視して、無理難題を押しつけるお偉方の言うことなどはひきうけなくてよい。

(32)このことについては、考えたことはなかったけれども、別に日本人なんだから、旗をあげて、君が代を歌ってもいいと思う。

(33)高校を卒業する時、感謝しているのは先生方や友達だから、別に日本に対して日の丸や、君が代を歌わなくて良いと思う。

(34)君が代の歌詞の内容なんて、みんな考えたこともないと思う。だから歌ってもいいと思う。(でも実際に歌えと言っても歌う人は少ないだろう。)
日の丸もそんな歴史があるなんて考えてみたことないと思う。そんなことは考えないでみれば、なかなかすっきりしていていい国旗だと思うし、オリンピックでかかげられれば、誇らしく思う。
もっと年月がたてば戦争のことなど全く知らない世代になってこんな論争があったことなども忘れてしまうのではないか。
君が代を歌ったり、日の丸をかかげたりするのはかまわないが、強制されるのは気にくわない。人それぞれいるから。

(35)私は日の丸も君が代も国旗国歌と認めていないので、反対です。特に君が代は。天皇すうはいの名残のあるような歌を“国歌”といってほしくない。中学の卒業式には、歌いたくなかったので、立つだけ立って歌わなかった。しかし、歌いたい人もいるかもしれない。そういう人が多くて、もし、歌うことになっても私は歌わない。日の丸は式場内に掲げないなのなら、100歩ゆずってもいい。

(36)日本のために勉強しているわけではないし、強制的にさせられるのは反対。卒業式はこの学校での一つの行事なわけで、その中で、君が代を歌う必要は特にないと思う。

(37)国のために卒業するわけではないのだから、強制的に日の丸をあげる必要も君が代を歌う必要もないと思う。

(38)私は君が代には反対です。あんなへんな歌はやめてほしい。卒業式にふさわしくない。お経みたいで楽しくない。でも日の丸は掲げてもいいのではないでしょうか。いちおう都立だし、(でもそしたら都の旗をあげるべきか・・・)でも絶対に強制はよくありません。歌いたい人は自分で(たとえ一人でも)うたえばよろしい。うたいたくないひとはうたわない。でも歌は校歌があるから2つはちょっと多いかもしれません。それと「国旗に一礼」するとかいうのも、へんだとおもう。別に国に育ててもらってるわけではないし、税金をはらっている(これからもっとはらう)ので当然の権利なのでわざわざ礼をするほどのことではないだろう。これも個人の自由だと思う。うちの学校は個人の自由をたいせつにする学校だから、国旗があるといい人はじぶんでもってってたり、自分の服にはりつければよいのだと思う。
結論「やりたい人はかってにやれ、でも強制はするな。それと、みんなでやらなければいけなくなるような方向にするな。自分で選ばせろ。」ということです。個人的には国歌反対、国旗もキライです。

(39)「君が代」に関しては自分は歌いたくない。また、卒業式において、取り入れてほしくない。中学卒業時、自分は「君が代」斉唱のとき口をつぐんで歌わなかった。理由は、メロディ、歌詞ともに曲としての美しさを備えていないからである。メロディは暗い。歌詞はわけがわからない。(天皇がどうとかはここでは問題にしていない。)
日の丸は、歴史的なことはヌキにして考えると、あまり堂々と会場に置いてほしくない。どうしてもやるというなら校庭のポールに上がっているぐらいにしてほしい。 校歌を歌うことについて、考えてみる必要があるのではないか。

 

14. 「孔の穿ち方」その3
 2004年8月28日


 ともかく「よい教育」をめざす。
 でも、いったいどういう教育が「よい」のか。そしてどうしてそれが、「孔を穿つ」ことになるのか。

『6. 石原が恋い焦がれている「国家」』で取り上げた石原の発言には前がある。

 ―卒業式などで生徒が起立しなかった場合に教師 らを厳重注意などにする処置は、自分たちが起立しな ければ先生が処分されるという一種の脅しになり、生 徒の行動を縛ることにならないか
  「それはちょっと違うんじやないの。生徒がそれほ ど先生を尊敬しているかよくわからぬからね、このご ろね。先生が罰せられるの、おれたちは大変だというほど、 そこまで意識ないんじやないか」

 質問にまともに答えず、はぐらかす。これも詭弁の一種で、小泉も多用している。
 また、この発言には石原という男の品性の卑しさがよく表われている。 まあ学校の先生なんてそんなもんよ、と片頬を歪めてシニカルに 冷笑している顔が目に浮かぶ。教師ばかりか、生徒をも侮辱している。 こんな浅薄な人間理解しかない奴が教育の現場に土足で踏み込んできている。
 この人、高校生のころ、よっぽど先生に恵まれなかったのか、 いつも学校に背を向けて斜に構えていたのだろう。(私は斜に構え ているような高校生を嫌いではない。斜に構える方向が反権威・ 反権力ならば。)
 おそらく高校生・石原は「君が代」など歌ったことはないだろうし、 「日の丸」を敬虔に見上げた こともないだろう。今だって怪しいものだと、私は思っている。 まあ、あんな時代錯誤の歌、歌わなくても一向に構わないけどね、 人に強制するなよ。

 教師の中にも生徒の中にも、眉をひそめたくなるような者 が確かにいる。まともな授業が出来ない状態の教室があること も耳にする。だが、ここでは私がかって所属した教育現場で実際に体験したこと を元に言うほかない。
 ほとんどの先生はほとんどの生徒と良好な人間関係を築いている。 生徒の方から見ても、尊敬したり、 親しみを感じたり、影響を受けたりする先生の一人や二人はいるはずだ。
 自分の学生時代を振り返ってみればよい。教育現場の状況に疎い人でもこう思うのが普通だろう。これがまともな 人間理解というものだ。

 石原のために教育をしているわけではないが、石原ごときにこんなことを 言わせないためにも、「よい教育」をめざそう。

 「よい教育」という大問題は私には荷が重く、私が自分の言葉で語るなど できるわけがない。自分が教師としてやってきたことを振り返り、私にそ の資格がないことも充分に自覚している。
 これまでと同じように、私に元気をくれている人の言葉を手懸りに 考えていく。

 これまでに二度、パウロ・フレイレの言葉を引用させてもらった。そのパウロ・ フレイレの教育学を紹介しようと思う。
 フレイレの教育学は「孤立した象牙の塔のなかで」考えたものではなく、 ブラジルやチリなどでの識字教育の実践を通して考えられてきた。
 ブラジルやチリと日本とでは情況はかなり違うから、フレイレの提唱する 教育がそのまま日本の教育に適用できるかどうかは分からないが、 私はフレイレの教育学からとても大事なことを学んだと思う。 「よい教育」のめざすべき方向を確信した。

 机上で「よい教育」を考えても、「よい教育」を創り出すことは出来ない。 今自分が実際に行っている日々の教育を検証することから始めるべきだろう。
 フレイレによると、私たちが行っているごく普通の教育はほとんど「わる い教育」ということになる。なぜ、どこがわるいのか、謙虚に耳を傾けるこ とにしよう。

 かなり長くなるので、また明日。        

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15. 銀行型教育
 2004年8月29日



(以下引用文はすべて、パウロ・フレイレ「被抑圧者の教育学」から。下線は仁平)

  「一方的語りかけ(それはつねに語りかける人である教師によるものであるが)は、 生徒を語りかけられる内容の機械的な暗記者にする。さらに悪いことに、かれらはそれによって容器、 つまり、教師によって満たされるべき入れ物に変えられてしまう。入れ物をいっぱいに満たせば満たすほど、 それだけかれは良い教師である。入れ物の方は従順に満たされていればいるほど、それだけかれらは良い生徒である。
教育はこうして、預金行為となる。そこでは、生徒が金庫で教師が預金者である。」

 フレイレはこういう教育を「銀行型教育」と呼んでいる。「銀行型教育」 で教師が日々行っている行為や態度は、抑圧社会を全面的に反映し、その矛盾を 維持しているものであると言い、次のように列挙している。

「1 教師が教え、生徒は教えられる。
 2 教師がすべてを知り、生徒は何も知らない。
 3 教師が考え、生徒は考えられる対象である。
 4 教師が語り、生徒は耳を傾ける---おとなしく。
 5 教師がしつけ、生徒はしつけられる。
 6 教師が選択し、その選択を押しつけ、生徒はそれにしたがう。
 7 教師が行動し、生徒は教師の行動をとおして行動したという幻想を抱く。
 8 教師が教育内容を選択し、生徒は(相談されることもなく)それに適合する。
 9 教師は知識の権威をかれの職業上の権威と混同し、それによって生徒の自由を圧迫する立場に立つ。
 10 教師が学習過程の主体であり、一方生徒はたんなる客体にすぎない。

 この項目を読んだとき、「おれがやってきたことそのものじゃないか。 もしかすると、おれは、無自覚にとんでもないことをやってきたのかもしれない」 と思った。  フレイレは厳しく指摘する。

 「銀行型教育方法のヒューマニズムの裏には、人間をロボットに変えようとする意図が隠されている。 それはまさに、より豊かな人間になるという存在論的使命 の否定である。このことを知ってか知らずにか、 当人は善意のつもりでも、自分のやっていることが非人間化にしか役立っていないことに気がつかない 銀行員教師bank-clerk-teachersが無数にいる。そして、この銀行型の方法を用いる人びとは、 預金それ自体のなかに現実の矛盾が含まれているのを知ることができない。」

 そしてさらに、「銀行型教育」は抑圧者の利益に仕えるものだと言う。

 「銀行型教育概念が、人間を順応的で管理しやすい存在とみなしても驚くにほあたらない。
 生徒が自分たちに託される預金を貯えようと一生懸命に勉強すればするほど、 世界の変革者として世界に介在することから生まれるかれらの批判意識は、ますます衰えていく。 押しつけられる受動的な役割を完全に受け入れれば受け入れるほど、かれらはますます完全に あるがままの世界に順応し、かれらに預け入れられる現実についての断片的な見方を受け入れるようになる。
 生徒の創造力を最小限に抑え、摘み取り、かれらの軽信をあおりたてる銀行型教育の機能は、 世界を解明したいとも思わなければ、それが変革されるのを見たいとも思わない抑圧者の利益に仕 えるものである。」


   いわば「銀行型教育」は「抑圧者の抑圧者による抑圧者のための教育」に他ならないと言う。
 ならば「銀行型教育」を棄揚して、真に「被抑圧者の被抑圧者による被抑圧者のための教育」を創り出せれば、これは教育現場にたいへんな「孔を穿つ」ことになる。
 しかし、そのような教育に対して、抑圧者側は拱手傍観はすまい。
 都立高校の教師たちは「銀行型教育」にかなりの穴を穿っていたと思う。 石原の教育現場への攻撃は 「銀行型教育」の補修・強化という観点から捉えることもできる。

  「抑圧者は、批判能力を喚起し、現実についての断片的見解には満足せず、点と点、 問題と問題を相互につなぐ絆をつねに探究しょうとする教育の、どのようなこころみにもほとんど本能的に反対する。
 実際、抑圧者の関心は、『抑圧する状況をではなく、被抑圧者の意識を変えること」』 (シモーヌ・ド・ボーヴォワール『右翼の政治思想』)にある。なぜなら、被抑圧者はその状況に順応するように 導かれれば導かれるほど、それだけ容易にかれらは支配されるようになるからである。」


 石原の腰ぎんちゃく・都教育委員らや三浦や江崎や大方の高級官僚や、「知的エリート」の 多くが抑圧者や抑圧者の下僕に成り下がっていくのは「銀行型教育」の成果だといったら、 牽強付会に過ぎるだろうか。
 また、「問題児」と呼ばれ、教師たちに厄介者扱いされている生徒たちは、無意識ながら、 「銀行型教育」への反抗者・反逆者なのではないか。


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17. 課題提起型教育
 2004年8月31日


 「銀行型教育」が排除し、疎外しようとしているものを知れば、 どんな教育が「よい教育」なのか、自ずと見えてくるだろう。 前回の引用で下線を付した部分を再度抜き出してみる。

 「より豊かな人間になるという存在論的使命」
 「世界の変革者として世界に介在することから生まれるかれらの批判意識」
 「批判能力を喚起し、現実についての断片的見解には満足せず、 点と点、問題と問題を相互につなぐ絆をつねに探究しょうとする教育」


 教育の目的は、「国家・社会の従順な成員」の育成ではなく、 教師と生徒がともどもに、より豊かな人間になることである。
 そのための教育方針は、出来るだけ多く貯金を蓄えることではなく、 世界の変革者として世界に介在するため批判能力を涵養することである。
 そしてその教育方法は、現実についての断片的見解や事実の一方的伝達 ではなく、点と点、問題と問題を相互につなぐ絆を、 教師と生徒との対話によって探究していくようなものでなければならない。



 このような「銀行型教育」と対立する教育を、フレイレは「課題提起教育」と 呼んでいる。
 「銀行型教育」と「課題提起教育」とを対比しながら、「課題提起教育」の 本質を浮かび上がらせている部分を引用する。

 「銀行型概念は、何もかも二分する傾向をもっているが、教育者の行動につい ても二段階に区別する。第一段階では、かれは自分の研究室や実験室で授業の 準備をしながら、認識対象を認識する。第二段階では、その対象を生徒に逐 一説明する。生徒はそれを知ることを求められるのではなく、教師によって 一方的に語りかけられる内容を暗記することを要求される。生徒は認識行為 といえるようなことは、何ひとつ行ってはいない。なぜなら、その行為が向 けられるべき対象は、教師の私有物であって、教師と生徒の両方に批判的省察 をうながす媒体ではないからである。
だから私たちは、文化と知識の保存の名目のもとに、実は私たちが真の知識 にも文化にも到達できないシステムをもっているということになる。
 課題提起の方法は、教師−生徒の活動を二分することはない。つまり、かれ がある時点では認識し、別の時点では一方的に語りかけるということはない。 教育計画を準備していようと生徒との対話に取り組んでいようと、かれはつね に認識している。
 かれは認識対象を自分の私有物とはみなさないで、自分自身と生徒による省察 の対象と考えるのである。」

 「課題提起型教育者の任務は、臆見doxaのレヴェルにある知識が、理性logos のレヴェルにある真の知識によってとってかえられるための条件を、 生徒とともに創造することにある。銀行型教育が創造力を麻痺させ抑制す るのにたいして、課題提起教育は現実のヴェ−ルをたえずはぎとるはたらきを もっている。」

 「銀行型教育は意識を埋没状態におこうとし、課題提起教育は意識の出現 と現実への批判的介在に向かって努力する。」

 「自由の実践としての教育は、支配の実践としての教育とは反対に、 人間が抽象的存在で、世界から孤立し、独立し、切り離されているという考え を認めない。それはまた、世界が人間とはかけ離れた実在であるという考 えも拒否する。
 真の省察が認めるのは、抽象的人間や人間不在の世界ではなく、 世界との関係にある人間だけである。この関係のなかで、意識と世界は 同時に存在する。意識は世界に先行するのでもなければ、そのあとにし たがうものでもない。」

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18. 私が穿ってきたささやかな孔---授業編
 2004年9月1日


 私の教師生活は、始めの十数年は無自覚な銀行員教師のノホホン世界であり、その後は銀行員教師から 抜け出ようと悪戦苦闘する冷や汗生活だった。そして結局は、情けないけど、 自覚しながらも中途半端な半銀行員教師で終わったといったところだろうか。
 後半分は、銀行型教育からの脱却という方向性をもって言ったりやったりしてきたので、 たいていの問題で銀行員教師とのぶつかり合いになった。 成果はあんまりなく、いつも「ごく少数派」ときには「ひとり派」だった。
 他者に受け入れられないのは過激にすぎたためだろうか。最後の赴任校では 、いくぶん親しみと揶揄を込めてのレッテルだと思うが、私のことを「中年過激派」 と呼んでいる人がいた。

 教師時代、私は自分がやっていることを、たびたび同僚たちに公開(いわゆる実践報告)してきた。 あえて恥をさらすのは、一人でも同行者が得られればと 願えばこそなのだが、あるとき「自慢したがっている。」という評をされ、 がっかりしたことがある。自慢するほどのものではないことを、本人が一番よく 知っているいるのにね。
   そんな実績?をもった代物だけど、何らかの参考にでもなればと、 再び恥をかくことにした。 退職時にまとめた文に加筆訂正を加えて掲載する。
 

 教師になって2年目、初めて担任をしたクラスで生徒を一人亡くした。大変なショックだった。 そして自問した。この生徒にとって私の授業は何だったのだろうか。
 ごたぶんにもれず私には学校や授業については深く考えたこともなく、 私の授業はなによりもまずよりよい進学やよりよい就職のためのものだった。 だとすると、進学や就職の機会を持たなかったこの生徒にとって私の授業 は無駄なものだったといえないか。授業はこの生徒にも意義があるような ものでなくてはいけないのではないか。

 教師になって11年目、都会から離れたくなって、三宅島の高校に転勤した。 島で唯一の高校だから、中学卒業生のほとんど全員が入学してくる。中には分数の計算ができない生徒がいた。 九九が全部言えない生徒がいた。ときには繰り上がり繰り下がりの足し算引 き算ができない生徒もいた。
 選別された生徒を相手に上手にやってきたつもりの私の授業は、この生徒たち には通用しなかった。 一体この生徒たちにとって私の授業は何だったのだろうか。

 学校教育にかかわることを考えるとき、私はいつもこの二つの体験を反芻する。 授業についても、この生徒たちにとっても意義のあるような 授業を目指して工夫してきた。



授業書(授業用自作テキスト)

 三宅高校でぶつかった壁が越えられず数年悶々とした日々を送った。 その頃、パウロ・フレイレの著書と出会い、自分が銀行員教師に過ぎな いことを自覚した。そして同時に目指すべき方向を学んだ。

 同じ頃、フレイレとの出会いに続いて、救いの手が、見計らったように、 重ねて差し伸べられてきた。
 学校宛てに数学教育協議会(以下、数教協と略称)夏期大会の案内書 が送られてきた。 数教協の学校宛の案内は後にも先にもこれっきりだったから、 まるで誰かが私のために手を差し伸べてくれたみたいだ。 研究発表の題目を見ただけで、 おれが求めていたものはこれだ、と直観した。 その種の研究会についぞ出たことのない私が 飛んでいった。
 そこにまたうれしい偶然が待っていた。

 まだ新米教師の頃、官製の数学教育研究会の下働きに狩り出された事がある。 官製の研究会では文部省や都からの役人や校長などの所謂お偉方は別待遇で、もちろん部屋は別に あつらえられる。発表される研究内容も銀行型教育の枠内にとどまり、何の新味も無くつまらない。 それ以来、一度も参加したことがない。

 数教協が官製のお仕着せ研究会と違うすごい点の一つは、すべての幹部・役員を含めて、 部屋割りは申し込み順なのだ。なんと、私は故・遠山啓委員長と同室だった。 遠山先生の部屋にはつわものたちがたく さん出入りして、ほとんど徹夜で示唆に富むお話を伺った。
 「その教室の中で最もできない生徒にとって楽しい授業は、もっともできる生徒にとっても 本質的なよい授業である。」と遠山さんはいう。障害者教育の実践を通して得た見識である。 これも授業作りをするときの大事な指針となった。

 研究発表の内容も官製のそれとはまるで質が違う。数教協で発表される研究内容は 銀行型教育のその枠を大きくはみ出でいる。
 数教協では、具体物(現実の世界)と抽象物(数学の世界)を仲立ちをする 半具体物(教具・教材)を「シェーマ」と呼んでいる。数教協の諸実践の中 で特にこのシェーマの研究に私はびっくりした。抽象度の高い高校の数学でも有効な 教具が可能なのだ。

 課題提起教育というとすぐに思い出すのは理科の仮説実験授業だが、その大会で その授業にも出会った。仮説実験授業もすごい。誰がどこでやってもよい授業になるような 「授業書」と呼ばれる授業用プリント教材が開発されている。

 チョークだけを持って教室に臨んでいた私の授業が一変した。
 私は仮説実験授業の授業書をまねて、すべての授業を プリントでやることにした。ほんの真似事に過ぎないが、やはり「授業書」 と呼ぶことにした。できるだけ黒板を使わないための方便でもあり、 教師のほうを見る暇もないほどせっせと黒板を写す苦行から生徒を 解放する意味もある。
 授業書には、導入部分や最後のまとめの問題で、できるだけ現実の世界に 関連したものを取り入れた。数学の歴史の話も盛り込んだ。また、不器用な私にも 簡単に作れるような教具はそれを用意した。これらは数教協の 研究成果を大いに利用した。
 授業の最後には必ず授業についての感想文を、生徒全員に書いてもらい、 授業書の改良に資した。
 よくテストのときに感想文を要求する教師がいるが、あれはダメだ。 役に立つ感想文を書いてもらうには、無記名で、十分な時間を与えな ければいけない。

 さて、授業書による授業を生徒はどう受け止めたか。 授業の評価は生徒にしてもらうにしくはない。

 「とてもよい授業方法だと思った。ただ問題の解説だけをし、それをノートに写すだけという 予備校のような授業方法が多い昨今、ノートを取るという作業から解放し、プリント形式にし て書き込みながら理解し、そして演習し、それから教科書の問題を解く。こういう流れは作業 というよりも学習という授業本来のあり方の一つではないかと思う。」

 「先生の授業は数学の苦手な人、嫌いな人にとっては大いに感激すべきものだったと思う。 結局先生はできる人のための授業よりも、できない人のための授業を中心にしてくれていたと思う。 とっても面白く役に立つ授業でした。先生の授業がいつまでもできる人よりできない人の ためにあってほしいと願っています。」

 「はっきり言って最初はびっくりしました。一番最初の授業が足の水虫の問題から始まった からです。でもこのようなみんなの気を引くような問題文になっていたのでとてもやりやす かったです。1週間に5時間も数学の授業があるなんて、と思ったけれど、授業中に笑いが あったので、とても楽しかったです。」

 「問題の文も楽しくて印象深かったです。あと、問題ではなくて、歴史と言うか読み物的な 文章が好きでした。」

 「他のクラスの子の話を聞いたりすると、なぜこうなるのかがわからない (例えばlogとかは解き方はわかるけど一体なんなのか?)という人がよくいるけど、 そういうことも、実際日常のことなどをつかって教えてもらったのですんなりと理解 できて本当に良かった。」


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19. 私が穿ってきたささやかな孔---評価編
 2004年9月2日


履修主義

 評価を問題にするとき、議論の混迷を避けるために、あらかじめ明らかにし ておくべきことが二つある。

 一つは、 「教育」 と「学習」を区別して論じること。(ただ単に「教育」と言う場合、私は銀行型教育の対極にある教育を念頭においている。)
 授業において、学習は教育の一部分であり、教育そのものではない。 むしろ教育の一つの手段あるいは一つの機会であるというべきか。
 教育は、教材を仲立ちにして行われる教師と生徒の 対話による交流であり、学習はその教材を習得するための営為で、 教師の援助を必要とするとしても、どちらかと言うと生徒が一人で 行うものだろう。特に、英語の単語を暗記するとか数学の問題を 反復練習して計算力をつけるとかいった習熟のための学習は 一人でこつこつやるほかない。それは自己教育とは言えるが、 教師と生徒の対話による交流と言う意味での教育ではない。

 もう一つは、「評価」と「評定」をはっきりと区別すること。
 人間の営為には常に評価は付きものだし、時にはとても重要だ。評価は次の ステップのためのスプリング・ボードだ。
 しかし評定は必ずしも必要としない。数値であろうと記号であろうと、それは いろいろ大事なものをそぎ落とした上でのある一面でのランク付けに過ぎない。
 私は教育では、評価はきちんとしなければならないが、 評定は無用というより、してはいけないと思っている。例えば、私は「文化祭」のような行事を 、学校教育での最も優れた教育の場面の一つと思うが、文化祭での生 徒の営為を点数化しようなどと言う人は恐らくいないだろう。
 ただし、学習の結果は大きな目安としてなら数値化はできるし、生徒 への動機付けや励ましになるだろう。しかし残念なことに、銀行員教師は この数値を、ともすると生徒への烙印付けや意欲削減のために使ってしまう。

 成績評定や進級・卒業規定は「銀行型教育」の存続を保証し、 銀行員教師を強固に守っている砦になっている。銀行員教師に批判や疑問や反感を 持つ生徒も、この砦の前では屈服せざるを得なくなる。

 吉本隆明という詩人・思想家は、生徒の側の位置から「学校なんて、 目をつぶってでも通過しちゃえばいいんだ」なんていうことを言っている。 元教師としてはちょっとしゃくにさわるけど、 学校が「銀行型教育」を実施している限りはこう言われても仕方ないか。
 でも、ちょっとしゃくにさわっている元教師は、教師の側の位置から 「学校なんて、目をつぶって全員進級・卒業させちゃえばいいんだ」と言っていた。

 現在の学校では、学校の規定から進級・卒業基準を削除することは出来ないから、 せめて出来るだけ緩やかな基準にするように、ことあるごとに主張してきた。
 出来るだけ厳しくしろと言うほうがたいてい優勢だった。彼らのその理由は、 厳しくしないと生徒は手を抜くとか、授業が軽視されるとか言うよう なものだった。生徒の側に立ったつもりの発言では、大学入試や就職試験の ときに不利になるとか、全国的なレベル維持が必要とかいったものだ。 典型的な銀行員教師だね。

 学校の規定が変更不能でも、進級や卒業の可否を判定するときの元になる 教科目の評定の権限は、幸いなことに今のところ個々の教師の掌中にある。 この権限を大いに活用しよう。
 評定の権限を個々の教師の手から奪うことになりかねないから、 教科全体での評定の基準や共通テストに反対だ。 何しろ私の単位認定の基準は、「授業を放棄しない (出席時数がクリアできている)限り、どんなにテストの点数が悪くても 単位不認定はしない」だから。

 進級・卒業の可否を判定するときの元になる教科目の評定のまた元になる のがテスト。
 テストはもともと評価のため、特に教師自身の授業評価のためにある。 これをすっかり忘れてしまって、生徒の評定のためとしか思っていない教師 が多い。
 本当は自分の授業が如何にダメなのかを証明しているのに、平均点の極端に低い テストをしたり、成績不認定者をたくさん出して、生徒の不勉強や無能力を 嘆いて見せる教師もいる。

 全員に強制的に履修させる科目の場合、大学受験のための力をつけるという ような機能的な目的が第1の目的であってはならない。 それは選択科目でみっちりやればよい。
 全員履修の科目では、何よりも数学の面白さ、楽しさが共有できればよい。 あるいは、数学の授業を仲立ちに、たまたま出会った生徒たちと、 わずかな時間ではあるが、充実した時間を共有できればよい。 そのためにこそできるだけ楽しく分かる授業を目指している。
 「分かる」と「できる」は別のことだ。もちろん出来るようになれば、 それにこしたことはないが、数学ができるようにならなくともよい。 分かればよい。例えば、数学は公式を覚て計算する教科と思い込ま されている生徒の数学観がいくらかでも覆えればよい。数学って面白 いものなんだなあ、と思えるようになればさらによい。いや、 とうとう分からなくとも一向にかまない。 数学の授業を通してひと時を共に生きた、これでよい。

 これが「この(亡くなった)生徒にとって私の授業は何だったのだろうか。 授業はこの生徒にも意義があるようなものでなくてはいけないのではないか。」 という自問に対する私の自答だ。

 授業をこのようなものと考えるならば、この教師と生徒による営みを 点数化して、進級や卒業の資料に供する必要はまったくないことになる。 それどころか、教育と言う営みの点数化は、 生徒と教師共々の非人間化行為ではないか。

 今の学校制度ではどうしても評定をせざるを得ない。私が評定をどうして きたかと言うと、点数化できるのはテストの結果だけと割り切って、 評定にはほかの要素は一切加えない。一区切りごとに頻繁に基礎問題 だけの小テストを行う。合格点に達していない場合は追テストをする。 追テストでも合格しない場合は、一緒に対話をしながら問題を解いて、理解や 不理解の内実を詳しく調べる機会にする。それで合格とする。
 定期テストは、多少はレベルの高い問題で行うが、零点でも一向に構わない。
 ともかく授業を放棄しない限り単位を認定する。
 評定(点数化)の仕方と、単位認定の条件を授業の始めにはっきりと 説明をして、生徒との共通理解とする。
 私は武器を捨てたことを宣言した。生徒は非武装の私にいくらか心を開く。 生徒も私も一つの重苦しい問題から解放されて、授業が楽しくなる。

 「授業を放棄しない限り単位を認定する」評価方針を、私は履修主義と 呼んでいる。
 これには法的な根拠もある。法律を論拠に議論をすることを私は好まないが、 ほとんど考慮されることがないので、取り上げてみる。なかなか良いことを いっているのだ。

学校教育法施行規則第26条 児童が心身の状況によって履修することが困難な各教科は、 その児童の心身の状況に適合するように課さなければならない。
(私の教科書を使わない授業が保障されている)

同第27条  小学校において、各学年の課程の修了または卒業を認めるに当たっては 児童の平素の成績を評価してこれを定めなければならない。
(評定しろとは言っていない。評価しろといっている。)

同第28条  校長は小学校の全課程を修了したと認めたものには卒業証書を 授与しなければならない。
(これは余分ごと。本当は卒業証書など不要じゃないの、 と私は思っている。)

同第65条  (前略)第26条から第28条まで(中略)の規定は高等学校にこれを準用する。

履修した科目に対して試験の上単位を与えると規定されているのは 大学のみである。(大学設置基準法第31条)従って、第28条にいう「修了」 とはいわゆる「修得」のことではなく「履修」のことである。また第27条 にいう「平素の成績」が「テストの点数」ではないことは論を待たない。

 さて、私の履修主義にもとづく対応を生徒はどう受け止めているだろうか。 次の感想文を書いた生徒たちは私以外の担当者なら、多分単位不認定になった だろうと思われる生徒だ。

 「2年間本当にどうしようもない生徒でしたが、見捨てずにおつきあい下さいまして、 どうもありがとうございました。高校の数学はやはり難しい。しかも2年生 になると、1年の時よりさらにスピードがはやくなり、途中ついていけなくなり、 授業中寝ていたり、テストで0点を取ったりしたけれど、それでも長い目で見捨 てずにいてくれた先生に感謝したいです。」

 「先生の授業は(私はバカなので)その時すぐに理解できなくても、 プリントをみなおせばとてもよく理解できました。テストで赤点をとっても 追試で助けていただきました。そのため”裏切れない”と思い、 他の科目よりはテスト前の勉強したつもりです。」

 「ただ問題を解くスピードが(私にとって)ものすごく早かったので、 なかなかついていけなくて何回か追試を受けるはめになってしまった。 普段出される宿題はよく分からないからあまり出来ないけど、追試の 宿題はわからないといっていられないので、必死にやりました。 そうしてやっとわかるようになったところもあるので、追試があるのは ありがたいなあと思いました。」

 「私は数学が嫌いなので、ついつい授業中に寝てたり、聞いてなっかたりします。 それは中学校からのことです。先生の声は低くて大きいので、眠くなっ てしまいますが、 ちゃんと聞けばわかるような気もします。気もするというのは私はやっぱり 授業を理解 できなかったからです。私はこれで数学とは永久にお別れです。 ようやく解放されます。 数学は大嫌いですが、今まであった数学の先生の中で仁平先生が一番 わかりやすかったし 楽しかったです。そして私は先生の授業より先生の追試が好きでした。」


 この最後の生徒はとうとう小テストでも合格点を取ることがなかった。 しかし、私と一番多く対話した生徒かもしれない。
数学の授業が、多分とてもつらかったことだろう。授業に参加しない あるいは参加できない生徒がいると私もたいへんつらい。 でも最後には楽しかったと言ってくれて、私を癒してくれる。とてもやさしい生徒だと思う。

 石原や三浦や江崎には、こうした生徒の方が、人間性において、お前らより、くらべもの にならないくらい優れていることを、ついに理解できないだろう。

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82. 大杉榮の教育論
 2004年11月4日



 大杉榮氏が甘粕と言う憲兵に虐殺された2,3年後に出版されたものと思うが、 世界文庫版の「大杉榮全集」というのがある。30年ほど前にそれの復刻版が出版された。 大杉榮氏については教科書程度の知識しかなかったが、どういうわけか私はその復刻版全集を 購入している。購入したけど、一度もひもとくことなく「積読」ままだったのを、数日前から その全集の拾い読みを始めた。

   私は15回と17回で、深く共鳴したフレイレの教育論を紹介した。その教育論のキーワードは「銀行型教育」 と「問題提起型教育」である。

 「大杉榮全集」第1巻「論文集」の最初の論文「個人的思索」は教育論で始まる。その内容に 私は驚き、また我意を得たりとうれしくもなった。
 大杉氏の教育論の骨子はまさに「銀行型教育」と「問題提起型教育」なのである。

『 何學間でもさうだが、其の最初からの研究方法を教へずに、ちゃんと出来上がった學説を真っ 最初から覚えこますのが、今日の學校教育である。だから其の研究方法と云へば、學ぶべき學説 の順序正しき排列である。参考書の羅列である。なるべく自分で頭を使はずに、しかも無駄のな いように、多くの書物を読む事である。  従って今日の學者の書物は、総て極めて解り易く書かれてある。読んでさへ行けば、大して考 へずとも、又大した疑ひも挾まずに、ひとりでに合點の行くように書かれてある。これは、ちよ っと見には甚だ結構な事のやうにも思はれるが、しかし其の實際をよくよく考へて見れば、甚だ 怪しからぬ事なのである。即ち斯くの如き書物の書き方は、教育を官營する國家にとって、次ぎ の如き二重の利益がある。先づ第一には将來國家の為めに有用な人物となるべき生徒に、短か い時間にいろいろな事を覚させる事が出來る。そして第ニには、國家の為めには常に有害な 個人的思索の能力を早くから減殺させて了ふ事が出來る。』

 国家権力にとって都合のよい教育を述べている。 「短かい時間にいろいろな事を覚させる」教育=「銀行型教育」がそれだ。
 これに対して、「個人的思索の能力」の育成は国家権力にとっては常に有害なの だと断じている。そして

『此の個人的思索の能力を發達さすと云ふ事が、實を云へば、教育の本當の目的でなければなら ぬのだ。又,一切の學問の研究方法と云ふのも、其處に基づかなければならぬのだ。けれども各 個人の此の能力の發達は、今日の組織の國家や社會にとつては、其の存亡に關するゆゆしき一大 事である。各個人は只だ、國家の教へる通りを其のままに覺えこんでゐなければいけないのだ。 殊に政治學とか、法律學とか、経済學とか、史學とかの社會科學に於ては、國家の教へる範圍以 外に、決して個人的思索を許さない。  そこで此の社會科學の範園内に於ける本當の研究は、何よりも先づ、政府的思想による一切の 學者と書籍とを斥けて、自らの眼を以て社會的事物を観察し、自らの頭を以てそれを判断し得る 力を造る事にしなければならぬ。』

「個人的思索の能力」、言い換えれば「自らの眼を以て社會的事物を観察し、自らの頭を以て それを判断し得る 力」を引き出す教育=「問題提起型教育」が本当の教育だと言う。

 「各個人の此の能力の發達は、今日の組織の國家や社會にとつては、其の存亡に關するゆゆしき一大 事である。」
 だからこそ、国家権力が教育を弾圧するとき、真っ先に狙われるのは「問題提起型教育」なのである。
 大日本帝国=特高が行った大々的な教育弾圧のはじめの餌食は「生活綴り方」教師たちであった。
 いま、「日の丸・君が代」以外での教育弾圧はみな「問題提起型教育」に対するものである。 その弾圧は「偏向教育」というレッテル張りで始まる。


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145. 辺見庸さんの教育論議(1)
2005年1月6日(木)



 辺見庸さんの近況を求めてインターネット内をさまよい歩いていて、余禄を得た。
 
教育情報誌「みらい」のホームページ

が過去の記事を公開している。その中に1999年秋季号での辺見さんへのインタビュー記事があった。
 1999年。折りしも「ゆとり」をプロパガンダに、「総合学習」を目玉商品にして打ち出された新学習指導要領に 教員たちが振り回されていた。その「総合学習」についての特集で辺見さんが質問に応答している。 適時私の感想を入れながら、それを読むことにする。



お門違いな「総合的学習」論議

地下鉄サリン事件の時、偶然電車に乗りあわせた辺見庸氏は報道の偏りを指摘。
苦しんでいる人をまたいで、表情一つ変えずに会社に向かう人たち。
この異常な光景をメディアはほとんど映し出さなかったという。
人間を中心に視点を置く氏に、今回の学校教育の動きについて聞いてみた。



人間的な危機にさらされている現代
 私はあまり制度としての教育を額面通り信じていないところがあるんです。システムとして十把一 からげに語るときに、そのシステムがいいとか悪いとか言いますけど、それを適用したり、応用した り、援用したりする生身の先生がいらっしゃる。ですから子どもたちにとっては、とても良い先生に あたるときと、とんでもない先生にあたるときと、むしろそちらの方がよほど重要ではないか。

 元教員としては穴があったら入りたい思いがする指摘だ。しかし幸いなことに私は高校生相手だった。 高校生ほどになれば十分な批判力があるから、私が「とんでもない先生」だったとしても余り大きな悪影響 を生徒に与えることはなかっただろう。あるいは反面教師として役立ったかもしれない。

 小学生や中学生の場合は、教員の質は深刻な問題になりかねない。私の娘が小学生のときに 「とんでもない先生」がいた。
 「お前たちの頭はピーマンだ」(中身が空っぽだ、ということ)が口癖で、子どもたちを精神的 に傷つけることを平気で言ったりやったりした。母親たちが「私たちはピーマンを育てた覚えはあ りません」と抗議に行ったが、馬耳東風だった。
 毎日日記を書かせ、それに目を通しコメントを添えてくれるのだが、そのコメントがまたいただ けない。本人は一生懸命子どもに応えようとしているのだとは思うが・・・

『今日はお母さんと妹とコーヒーゼリーを作りました。とてもおいしかったです。』
コメント:私は、コーヒーゼリーは甘いので嫌いです。

『今日はお餅つきをやりました。つきたてのお餅でいろいろな形を作って食べました。』
コメント:私は食べ物で遊ぶのは好きではありません。

 こんな調子であった。

 最近先生に接する機会もあるんですが、初等教育から高等教育を含めて、教員の側が人間的な魅力 を著しく欠いている。これは、かつてない。戦後日本の中でも、これほど教員に魅力のない時代はな いんじゃないか。つまり制度上の危機ではなく人間的な危機にさらされているんですよ。
 しかし、先生達に人間的な責任を求めてもしょうがない。時代なんだろうなと思います。 個性とか、生身の臭いをこそぎ落とした人たちを、80年代から90年代に かけて一生懸命作ってきた。その人たちが今先生をやっているんですね。自分が生きてい ることに対して訴えるべき何物も持っていない。

 「教員に魅力のない」なんて言われると、またしても穴を探してしまう。しかしこう度々の懺悔は 見苦しいから、自分のことは棚に上げて進めよう。

 支配層はそれぞれの時代状況に応じた労働力育成という機能を教育に求める。支配層にとっての 教育とはそれに尽きると言ってよいかもしれない。
 労働力に「個性とか、生身の臭い」など必要はない。教育の主流は当然「銀行型教育」である。 ここでも「銀行型教育」の成果が現れていると言うべきか。
 「自分が生きていることに対して訴えるべき何物も持っていない」のなら、「日の丸・君 が代の強制」のような思想弾圧もすんなり受け入れてしまうだろう。
(「銀行型教育」については「第15回」(2004年8月29日)を参照してくだ さい。)
 本来は総合的な学習のマニュアルやガイドラインを作ってくれなんて言ってるより、そっちの方を なんとかしたほうがいい。そりゃ若い世代というのは我々と食ってるものから、生きてきた環境から すべて違うとはいえ、同じ人間である以上、懸命に魂に訴えかけようとする人間ていうのはわかるん ですよね。感応するっていうかね。

 ベテランの教員から物言わぬ若い教員についての愚痴を聞かされることがままある。 これの対処は、「個性とか、生身の臭い」や「自分が生きていることに対して訴えるべき」なにかを 持つ教員たちが、不断に働きかけるほかないないのだろう。

 だいたい「総合的な学習」とやらが導入されると、即その「マニュアルやガイドラインを作ってくれ」 なんてまったく情けない発想じゃないか。
 「心のノート」が配布さて「『心のノート』のマニュアルやガイドラインを作ってくれ」なんて 言ってるんだろうか。


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146. 辺見庸さんの教育論議(2)
2005年1月7日(金)



学校の閉域性を打破すべき

 心の教育なんていうのも、国が言うことじゃないですね。個として生身の教師が自ら言うべきことで あって、国に言われてやるようなことではないと思うんですがね。
 自分の頭で考える、他と違うやり方を考えるというのが、この国では非常に弱くなっていると思うん です。不思議ですよね。誰も露骨な形で、物理的な力をもって何も規制はしてないんですよ。
 教育現場でもジャーナリズムでも多いのは自己規制ですよ。自ら無関心の沼みたいなものに入っていく というんですか。
 ただ教育現場っていうのは、マニュアルとしての教員資格しか取ってこなかったからだと思うんですね。 たとえば、途上国であるとか、伝えられていないような現場に身を置いたり、そこで葛藤を得た人たちは ちょっと違うと思うんです。大学なんて出ていなくたっていいですよ。本当の 人間的な資格を問いたい。しかし、国家はそういうことを許さないと思いますね。
 現在の教育現場は、特に東京の公立学校はイシハラが仕掛けた数々の悪法でがんじがらめのなってい る。とても難しい状況であることは承知しているが、それでも教員たちに期待したい。「自分の頭で 考える、他と違うやり方を考える」ことを放棄しないで欲しい。イシハラの教育行政がそういう良質 の教師の存在を一掃しようとしている意図が明らかであるだけに、一層「抗暴」の意志を堅くするべ きではないか。
 「抗暴」の意志を授業や特別活動に反映させることは「課題提起型教育」を推進することと同意である。 それが支配層の教育支配の意図と真っ向対立するのものであることは既に指摘した。だからそれなりの 覚悟は必要だが、だからといって支配層の教育支配の意図に唯々諾々と従っていたのでは、それでは 教師としては死体(しにたい)ではないか。
( 「課題提起型教育」については「第17回」(2004年8月31日)を参照してくだ さい。)

 学校というのは病院や監獄と同じで非常に閉ざされた空間なんです。 この閉域性を打破すべきですよ。 たとえば地域の人にもっと開放したり、地域の人を呼び込んだり。 外から見て歴然とわかるように。 先生達の顔、表情、生徒達の顔、表情、考え方なんかをもっとわかるような状態を人間的な交流のな かで作るべきです。
 逆に言えば、先生はもっと自由であるべきですよね。個性的で自由でもっと言いたいことを言うと。 はっきりいって不満を言うべきです。そういう表現力を無くしてますよ。
 総合的な学習なんていう前に、先生達がもっと教育現場の自分たちの 不満をちゃんとした表現で言えなきゃダメですよ。国に対して文部省に対して開くんじゃなくて、社会に、人間的な何かに対して門 を開くべきです。
 言い古されていることだが、生徒は人質で保護者は学校に対してものが言いがたい。 そういう意味で学校はズーッと閉じていた。その中で教員は安閑と惰眠をむさぼっていた。 そのツケを支払うときが今きたのだ、といったら言い過ぎだろうか。
 まずは生徒と保護者に対して開くべきだろう。今学校が追い込まれている苦境を共有し共闘するため の第一歩として。

   そしてさらに、「教育現場の自分たちの不満をちゃんとした表現で言」って欲しい、もっと現場の 酷い状況をを積極的に発信して欲しいと、これも繰り返し訴えてきた。一般の人に教育現場の声がほと んど伝わってこない。職員会議がどのように進められているのか、具体的な場面で校長や教頭がどんな 言動で教員や生徒に相対しているのか、授業のやり方や内容にどんな干渉を受けたか、など具体的な事 例をどんどん公開すべきだ。「国に対して文部省に対して開くんじゃなくて、社会に、人間的な何かに 対して門を開くべきです。」


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147. 辺見庸さんの教育論議(3)
2005年1月8日(土)



建前でないリアリティが人の心を動かす
 ある付属の私立の女子中学に呼ばれたんです。
 そしたら20人くらい呼ばれているんですね。作家でしょ、弁護士、消防士、ボランティア、障害者 といろんな各層の人を呼んで、その人たちに話を聞きたいというのは先生が決めるんじゃなくて、 生徒が決めるんですよ。先生はいっさい介在しない。司会進行も生徒達がやる。
一時間ぐらい自分の仕事を語らせて、生徒達に質問攻めですよ。見事だと思いましたね。

 でもこんなことは考えてみればどこでもやっていいじゃないですか。いろんな他者、世代、いろん な境遇や経験をそこに持ってきてね。それを強制じゃなくて生徒の好奇心に預けている。仮にまとま りがなくてもかまわない。集まりの少ないところは3人ぐらいしか生徒は来ない。たいていの学校だと せっかく来ていただいたのに申し訳ないといって平均的にするじゃないですか。
 これはおもしろいですね。例えば刑事呼ぼうとか、自衛隊呼ぼうとかそういうふうになるわけで しょう。

 また、あらかじめ学校側が用意したつまらない質問もなかったのでなお良かった。「あんたいくらも らってるの」とか「浮気してないか」とか言うほうがよっぽど面白いじゃないですか。これはそのまま 公立校にも適用できるんじゃないですか。生徒は通常の授業で学ぶ何倍もの量の世界に対する好奇心と かを持つわけです。
 アフリカの子どもの話とかをすると、突然泣きだす子とかもいて……。すごいなと思いました。心の 共鳴板だなと。

 この学校の教師のように、制度とは関係なく子どもの心も精神も開放しようとしている人たちの営為 っていうのは素晴らしいと思いますね。
 それから、学校としては見事なことをやっているんだと。生徒達も生き生きしている。先生達も生き 生きしている。そういうところを見たいですよ。
 私立、公立問わずそういうのがポツポツ出てきて欲しいと思いますよね。

 ここで、「学校を開く」とは「孔を穿つ」と同意だと思い当たった。
「第9回」(2004年8月23日)で私は、辺見さんの言葉を借りて、教育現場を「孔だらけにしてしまえ」 とアジり教育現場での「孔の穿ち方」をいくつか挙げたが、このような外に向けて開く「孔」 をすっかり取りこぼしていた。

  有名人を呼んで講演会を開くと言うのはどこの学校でもやっているが、大抵はお仕着せで、生徒にとっては 窮屈で退屈だ。
 ここで紹介されているある中学校での事例は、それとは全く異なる。極めて有効な「孔の穿ち方」だ。
 どこの学校にも名を知られた卒業生が何人もいるだろう。卒業生に限るわけではないし、なによりも 生徒たちが主催すべきなのだが、卒業生ということだと生徒たちはより多くの興味や近親感を持つだろうから、 とっかかりとしては最適ではないか。
 こういう機会を多く持てると学校の風通しもよくなり、生徒たちも生き生きしてくる、先生たちも生き 生きしてくること請け合いだ。と、現役教員でもないのに、つい力が入り、楽しい光景を夢見てし まった。


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