41. 『9/23労働者市民のつどい』に参加して
2004年9月24日
開場時間(1:00)を10分ほど遅れて会場に着きましたが、20人ほどの人が道路を挟んで
入り口の向かい側に集まっていました。まだ入場が始まっていないのかと思いましたが、
ちょっと騒然としていて様子が変です。入り口のほうを見ますと、係りの人が
「警察は不当な撮影をやめろ」と書いた大きな紙を捧げていました。こんなささやかな集会にまで
警察が目を光らしているのです。国家権力や都の行政権力は、「教育基本法改悪」反対や
「日の丸・君が代の強制」反対の動きにかなり神経を尖らしているのでしょう。
反対運動が大きなうねりになることを予感しつつ会場に入りました。
プロクラムは「開会あいさつ 田上中さん(百万人署名運動呼びかけ人)」に続いて
☆辺野古の闘いのフォト・レポート
☆沖縄アピール 糸数慶子さん(参議院議員)
☆非戦リーデインク 非戦ユニット・ピーストレイン
☆講演 梶村晃さん(百万人署名運動呼びかけ人、元福岡県教組委員長)
「教育基本法の改悪阻止を本気で闘おう」
☆「日の丸・君が代」予防訴訟事務局から 金信明さん
☆都教委包囲首都圏ネットワークから 見城赴樹さん
☆教基法の改悪をとめよう!11・6集会実行委員会から
☆闘う労組の全国ネットを!11・7集会実行委員会から
☆とめよう戦争!隊員家族と元自自衛官連絡会から
☆集会のまとめ 西川重則さん(百万人書名運動事務局長)
と盛りだくさんで、間に休憩がありましたがいささか疲れました。
「辺野古の闘いのフォト・レポート」の闘うおばあちゃんと「非戦リーデインク」につい涙を
流してしまいました。私はよっぽど泣き虫なのでしょうか。周りを見ましたが、泣いてる人はい
ませんでした。
糸数慶子さんは「改憲阻止、反戦・平和運動の統一をめざして」をスローガンに掲げて、先の参議院選に
立候補しました。
沖縄社会大衆党、共産党、民主党、社民党の革新共闘を実現して、自民党、公明党が
推す自民党県連政調会長・翁長政俊を、30万票もの差をつけて当選したことで、新聞紙上をにぎわしました。
糸数さんは、そのときの革新共闘の力の大きさを強調していました。「教育基本法改悪」反対や
「日の丸・君が代の強制」反対の運動でも大同団結することを訴えていました。
その後に続いた講演・挨拶でも、全国各地のさまざまな闘いを一つに結びつけることの重要性を
基調にして行われました。全国の闘いがポツンポツンと点として散在するだけのようで、
私は心もとなく思っていました。いよいよ大きなうねりを創り出すための運動が開始された
という感じで、とても心強く思いました。
梶村晃さんの演題は「・・・本気で闘おう」となっています。壇上に立たれた皆さん、本当に「本気」
でした。「教育基本法改悪」と「日の丸・君が代の強制」に敗れれば、一気に「憲法改悪」「自衛隊の戦闘部隊派遣」
を許すことになるだろうと、大変な危機感を持たれています。2004年〜2005年を決戦の年と位置づけています。
「まとめ」の西川重則さんは、私より年上とお見受けしましたが、牧師(クリスチャン)さんだそうです。
「今私たちは、沈黙は許されぬ、ある人が沈黙は権力の同伴者だと言っていますが、そういうところにまで
追い詰められている。悪政には抵抗あるのみです。逮捕のようなことも起こるかもしれません。私は真剣
です。」 と述べました。
この集会は次のステップに向けて、次のような提案と当面の重要集会を提示しています。
二つの活動を提案
●教育と憲法
<教育基本法の改悪に反対する全国署名>を集めよう!
*100万筆をこえる署名をなんとしても実現しましよう。本日お配りした署名
用紙はA4サイズで、署名運動の呼びかけ団休名にまだ(準)がついていますが、
この用紙をコピーして集め始めて下さい。
*この署名ネットワークに賛同する「協力団休」を募つています。「協力団体」は、
署名運動のひろがりをつくりだすために署名用紙に名を連ねます。詳しくは、
別紙「協力団体になつて下さい」をご参照下さい。
●沖縄
<辺野古緊急カンパ>を集めよう!
*別紙ビラ「辺野古緊急カンパのお願い」をご参照ください。そしてこのピラを
使つてカンパを集めて下さい。ピラがほしい方は百万人署名運動事務局ま
で申し出て下さい(tel.fax.03−5211−5415)。
そして、辺野古の座り込み行動に参加しましよう。全国のリレーで体制がとれるよう調整します。
また、国会前(衆議院第2議員会館前)でも月曜日〜金曜日の午前11時〜午後5時
のあいだ、基地建設中止を求める座り込みが続けられています。
当面の最重要集会
■ワシントン100万人労働者行進に連帯する10・17共同行動(仮称)
とき◇10月17日(日)本集会・午後2時〜/集会後デモ
ところ◇渋谷・宮下公園(JR渋谷駅すぐ近く)
呼びかけ◇11・7集会実行委員会(事務局tel.043−222−7207 fax.043−224−7197)
■教育基本法の改悪をとめよう!11・6全国集会
とき◇11月6日(土)午後1時30分〜/集会後デモ、
ところ◇日比谷野外大音楽堂
主催◇教基法の改悪をとめよう!全国連絡会(03−3812−5510坪井法律事務所)
闘う労組の全国ネットを!労働者の国際的団結を!11・7全国集会
とき◇11月7日(日)正午〜/集会後デモ
ところ◇日比谷野外大音楽堂
呼びかけ◇全日本建設運輸連帯労働組合関西地区生コン支部、全国金属機械労働
組合港合同、国鉄千葉動力車労働組合(事務局 tel.043−222−7207 fax.043−224−7197)
仁平からのアピール
1. 「百万人署名運動」に参加しましょう。ぜひ成功をさせなければならないと思っています。それぞれが出来る範囲でやれ
ばよいと思います。家族だけでもいいのではないでしょうか。連絡いただければ、署名用紙を送ります。
2. 上記の11.6集会と11.7集会が大同団結を成功させれば、強力な反撃へのターニン
グポイントになると思います。出来るだけ多くの人を誘って、参加しましょう。
最後に今回の集会の主催者を記載します。ぜひホームページをご覧ください。
とめよう戦争への道!百万人署名運動
|
〒101−0061千代田区三崎町2−6−7−301 tel.fax. 03−5211-5415
http://www2u.biglobe.ne.jp/~hyakuman/
e−mail million@mqc.biglobe.ne.jp
42. あなたと行うインターネット読書会
『良心的「日の丸・君が代」拒否』・第五回
2004年9月25日
『私は「日の丸」「君が代」への敬礼や斉唱の行為をおこないたくはない。同時に、自
らの敬礼行為によって、子どもを立たせるといった人権侵害の加害者にもなりたくない。
人権侵害となる職務命令には従ってはいけない。これは教員ならば、当然なすべき抗命
義務である、と思っている。子どもたちの心と身体が、国家に丸ごと奪われようとして
いる時に、職務命令に従って、奪う側にまわるのか否か。これらのことは、教員生命を
かけて問われている問題だと思うのだ。
ドイツなど欧米では良心に反する場合、職務上義務とされる行為を強制してはならな
いとして「良心の抗弁権」が確かなものになっている。
親や市民は”お上に従え”と私たちに刃を向けるのではなく、我が子の生命と人権
を守るために、”先生たちに良心の抵抗権を与えよ”と叫んで欲しい。行政や国家が、
我が子の未来を奪おうとしていることに一刻も早く気がついて欲しい。なによりも子ど
もたち自身が、自ら考え、いかにあるべきか行動して欲しい。
私は事情聴取も受けられず、事情聴取に予定されていた時間のわずか二時間後の教育
委員会で減給処分を決定された。処分は加算されて重くなり、今また「長期研修」とい
う厳しい攻撃が画策されている。
しかし不起立したことへの後悔は全くしていない。今、精一杯不服従の抵抗をしなけ
れば、いつやるのか。抵抗が実を結び、戦争への可能性が断たれるように、力を尽くし
たいと思う。ともに、がんばりましょう。』
『親や市民は”お上に従え”と私たちに刃を向け』ます。私たちは少数派であることをしっかり
自覚すべきです。
いつの時代でも、支配されているものが支配しているものを熱烈に支持します。
だから支配-被支配が永続します。このおかしな情況がなぜ延々と続くのでしょうか。
これはただ単に父母や市民の問題としてではなく、いますさまじい勢いで教育現場を荒廃させている
教師の転向を問うているつもりです。
前々回、私は『教師は知識人(インテリゲンチャ)でしょうか。教師一人一人が一度は自らに
問うてみるべきでしょう。私なりの見解はありますが、いまはその表明を控えようと思います。
ただ、いま教師たちの中で起こっていることは『「非転向」的な転向』であったり、『「無関心」的な転向』ではないかと
思っています。』と述べました。もう一歩踏み込みます。
『支配階級の思想はどの時代にも支配的な思想である。すなわち、社会の支配的な物質的な力で
あるところの階級は、同時にその社会の支配的な精神的な力である。物質的生産の手段を左右
する階級は、それと同時に精神的生産の手段を左右する。だから同時にまた、精神的生産の手
段を欠いている人々の思想は、おおむねこの階級に服従していることになる。』(マルクス「フォイエルバッハ」より)
『わたしのかんがえでは、庶民的抵抗の要素はそのままでは、どんなにはなばなしくても、現実
を変革する力とはならない。したがって、変革の課題は、あくまでも、庶民たることをやめて、人民たる過程のなかに追求
されなければならない。
わたしたちは、いつ庶民であることをやめて人民でありうるか。わたしたちのかんがえでは、
自己の内部の世界を現実とぶつけ、検討し、理論化してゆく過程
によってである。この過程は、一見すると、庶民の生活意識から背離し、孤立してゆく過程であ
る。
だが、この過程には、逆過程がある。論理化された内部世界から、逆に外部世界へと相わたるとき、はじめて、外部世界を論理化す
る欲求が、生じなければならぬ。いいかえれば、自分の庶民の生活意識からの背離感を、社会的
な現実を変革する欲求として、逆に社会秩序にむかって投げかえす過程である。正当な意味での
変革(革命)の課題は、こういう過程のほかから生れないのだ。』(吉本隆明「抒情の論理」所収「前世代の詩人たち」より)
優性遺伝を引きずったままの庶民的内部世界をそのまま放置していては、
どんな進歩的・革新的思想をつき木しても、その思想は、ラジカルな問題に出会ったとき簡単に転向し
、無効となります。そういう問題だと、私は思います。
ホームルームで生徒に伝えたメッセージの中でこんなことを書いたことがあります。
『自分の考えってなんだろう。今自分がもっている考えはほんとに自分の考えなのだろうか。
20才前後の頃だったと思う。こんな思いにとらわれ始めた。「支配階級の思想はどの時代にも
支配的な思想である。」(マルクス)
おれが自分の考えだと思っているのは、実は生まれてからこの方、親兄弟・学校
・マスコミ等を通して身に付けさせられてきた「時代の支配的思想」にすぎないのではないか。
これからは自分の考えを一つ一つ疑って検討し直しながら、「身に付けさせられたもの」を引き
剥がしていかなければいけない。その結果残っていくものが本来のおれなのだ。本当の勉強という
ものがあるとすれば、その作業がおれにとっての本当の勉強だ。』
ここで思い出した詩があります。
人民のひとり 中桐雅夫
君は人民のひとりか?
混んだ電車のなかでへどを吐いている男か、
眉をひそめてその光景を見ている男か、
人一倍膝をひろげてマルクスを読んでいる男か、
膝をくんでヘミングウェイを読んでいる男か、
家に帰れば、その膝に子供を抱く男か、
翌朝になれば、課長に遅刻の言いわけをしている男か。
君は人民のひとりか?
ガード下に立っている盲目の傷痍軍人か、
その前を眼をそらして通る男か、
その箱に十円玉を一回はいれた男か、
二回、三回といれたがいまはいれなくなった男か、
飲み屋に借りをつくって払わぬ男か、
払ってもらえぬ飲み屋のおやじか。
君は人民のひとりか?
七十二万の失業者のひとりか、
昇給のためには同僚の足をひっばる男か、
名声のためにはすこしだけ仲間の悪口を言う男か、
妻をなぐるのをそんなに気にしない男か、
人を指導するのが好きな男か
指導される方が楽でいい男か。
君が何であっても、
人民のひとりであるような顔をするな!
もちろん私は自分の中の庶民意識を止揚し得ていません。しかし、今回の「日の丸・君が代の強制」問題に
深く関わることは「自己の内部の世界を現実とぶつけ、検討し、理論化してゆく過程」として捉えています。
今回も問題提起でした。
43. 頼もしい保護者たち(1)
2004年9月26日
(「あなたと行うインターネット読書会」と銘打って、「良心的・・・」を読み始めましたが、
先日参加した集会で新たに資料を入手しましたので、それも利用しながら情報提供・意見陳述を
していこうと思います。そこで表題はその日に取り上げる話題を表すものに戻します。)
前回、『親や市民は”お上に従え”と私たちに刃を向け』ます、といいましたが、もちろん良識ある
保護者・市民の方々もたくさんいらしゃいます。いろいろな運動に取り組んでいて、
教師たちを勇気付けてくれています。
『良心的・・・』にも保護者の寄稿文があります。九条守という筆名で書かれた文を取り上げます。
『 息子の通う都立高校には制服がありません。体操服も一応決まっているけれど、T
シャツとトレパンでOKだし、合唱祭や文化祭などの行事も生徒主体の自由な校風が伝統です。でも、
石原都政の都立高校改革は例外なくこの学校にも悪影響を及ぼしました。
通達の内容を知り、友人の都立高校教師に尋ねてみると、「どこの高校も通
達通りやらないと処分だよ」との答えでした。早速息子の高校の担当者に尋ねてみると、
職員会議では先生たちが「なぜ、このように強制的な通達に従わなければならないのか。
なぜ、例年のようなフロアー形式だと厳粛といえないのか」等々、管理職に対してこちら
からは正攻法の質問をぶつけているのですが、その答えは「これは学習指導要領に基づくも
の、通達には従うのが公務員の義務。通達通りにやります」 の一点張りで、先生方の疲労
感と徒労感は相当なもの。それならば保護者に問題を投げかけてみればと問いかける
と、「保護者は怖い」という驚くべき返事でした。その根拠は次のようなものです。
学校の周りには教師ウォッチャー″なる人が出没している。何をしているかという
と、勤務時間中にフラフラとコンビニに行く先生はいないか、自家用車通勤をしている
先生はいないか、等を見張っていて、教育委員会に密告する″のが仕事なのだそうで
す。保護者の中にそういう類の方々がいる可能性がなきにしもあらず。だから、教師の
ほうからはなにも言えない……ということなのでした。
』
「自由な校風が伝統」の都立高校はたくさんあります。私が最後に勤めた学校もそういう学校でした。
しかし、その自由な校風の学校の「自由」も風前の灯のようです。「日の丸・君が代」の問題だけを
切り離して論じることは出来ないのです。
『都立学校に於ける国旗・国歌の適正な実施は、学校経営上の弱点や矛盾、校長の経営姿勢、
教職員の意識レベル等がすべて集約される学校経営上の最大の課題であり、この課題なくして学校
経営の正常化は図れない。』
これは、都教委が設置した「卒・入学式対策本部」の「実施方針」の一節です。
「学校経営上の弱点や矛盾・・・」とは今まで当たり前に行われてきた学校の民主的運営
のことでしょう。全教職員が自由に発言できる職員会議を中心に運営事項を決めてきました。
その運営の基本スタンスは、生徒が主人公であるということにあり、その方向は自由と平和
を基調としたものです。都教委はこれを否定しているのです。都教委の意を忠実に履行するロボット
校長の専断・独善による学校経営を「正常化」といっています。処分で脅す「日の丸・君が代の強制」
を突破口にして、民主教育を圧殺し、教育行政による教育支配を企んでいるのは明らかです。
いま、全ての都立高校で「正常化」が着実に進行中です。そして、一気に全国的に「正常化」
を図ろうとしているのが、「教育基本法の改悪」なのです。
それにしても、教師ウォッチャー″なぞという権力のお先棒を担ぐ情けないスパイ行為に
情熱を燃やすやつがいるんですね。
「百万人署名運動」の事務局長・西川重則さんは石原の靖国参拝に抗議をするために、毎年
靖国神社に行っているそうです。今年の様子を「百万人署名運動全国通信」に書いています。
『その日は小雨だったが、いつにない風景が見られた。異常な風景と言うぺきかもしれない。
都知事到着直前のことだが、都知事の参拝を強く要望している人々が群をなし、待機していた。
そこに「日の丸」を抱えた人が現れ、「早く、早く」と大声で「日の丸」を持たせた。待機して
いた人々は、自動車から降りた都知事に一斉に「日の丸」を振り、「万歳」「都知事ありがとう!」
と連呼した。
参拝を終わって、記者会見をしている都知事。再び異常な風景が続く。「朝日帰れ!朝日帰れ!」
「毎日帰れ!毎日帰れ!」という叫び声。そして「読売がんばれ!」「産経がんばれ!」こんな
さまは去年はなかつた。
最初は気つかなかったが、手渡される「日の丸」を受け取る人々に私は囲まれていた。
「早く日の丸を取つて!」の声に抗しきれない人々。そんな群集の中で、私は「ひとりで戦え」
と良心に呼びかけていた。』
動員されて、無理に日の丸を持たされている人が多いのでしょう。もしかするとその動員には
交通費みたいな名目で金が支払われているかもしれません。私たちのように手弁当の運動ではな
いでしょう。どこから流れてくるのでしょうか、権力側の運動団体の資金は豊富です。
つまらぬ出来事で右翼新聞がおおげさな記事を捏造します。こうした積み重ねで全体の
雰囲気が作られ、庶民意識は、その雰囲気に呑まれて、それが当たり前になってしまうほどに知性も感性も
麻痺していくのでしょうか。
44. 頼もしい保護者たち(2)
2004年9月27日
『2月23日、校長に時間を割いていただき、校長室で差し向かい、要請文を渡し、
話をする機会を得ることができました。「国旗・国歌を敬うな、歌うなと言っている
のではない、強制することはおかしいのではないか。貴校の自主自立の精神にもそぐわ
ないし、内心の自由も侵すことにはならないか。従わない先生方を一方的に処分するのはや
めてほしい」等々、要請文の中味で大切な事柄を伝え始めたのですが、校長はとても感
情的になられて、次のような言葉で怒られてしまいました。「わざわざ、そんなことを言いに
きたのですか! 私に通達を破れとおっしゃるのですか! これは公務員の仕事です。
国旗・国歌を敬うのは当たり前のこと、こんな時だけ内心の自由″を振りかざす考えは、
おかしい人間のすることです。強制するのはある種の教育です!」会見は15分で終了、
そそくさと退散しました。この通達の意図するところが、国旗・国歌を尊重するという目的
よりも、あらゆる命令に疑問を持たず逆らわずに従うことを植えつけるのが目的であるならば、
この次に待っているのは生徒への強制ではないでしょうか。私は、今この間題をしっかりと受
け止めて、自分の頭で考え行動することがどんなに大事かを、生徒たちに伝えることが急務だと
考えました。そうだ、卒業式が来る前に校門前で生徒たちに呼びかけよう!』
いま都立のどこの学校の校長とやりあってもこの校長の言っている以外のことを聞くことは
まずないでしょう。広島では憲法違反のような職務命令には従えないと不服従を貫いた校長た
ちがいます。東京では皆無です。「人間は一本の葦に過ぎない。しかも風にそよぐ葦である。」
というの現今の都立校の校長をはじめとする管理職の姿です。教育者であることを辞めてしまった哀れな
権力への屈従者たちです。
なぜ「国旗・国歌を敬うのは当たり前」なのですか。なぜ今「内心の自由″」を問題にせざ
るを得ないのか、一寸でも考えたことがありますか。「内心の自由″」を問題にする人間は、
なぜ「おかしい人間」なのですか。日の丸・君が代を「強制するのは」どういう「種の教育」
なのですか。
「国家が決めたものから。都教委の命令だから。」以外の答を聞き出そうとしても無駄
でしょう。あるいは都教委からのもう少しはましなマニュアルが出ているかもしれません。
いずれにしても自分自身の言葉はありますまい。
なぜ、なぜ、なぜ・・・と問う教師や生徒を屈服させようしているのですから、まずご自分
が範をたれているのかもしれません。
『2月26日、市民運動の仲間に手伝ってもらって、高校の門前でビラを撒きました。
「○○高校のみなさん、どう思いますか?」というタイトルで、「通達が出たことで、
本来ならば嬉しいはずの卒業式・入学式に出席することがつらいと思う先生方がたくさ
処分されるのです。民主主義の原点である学校という場所で、このような絶対服従の命
令が強制されるのはどうしてでしょうか。自分の頭で考えてみませんか。そして、友だ
ちや家族と話し合ってみませんか」という内容のビラです。
(中略)
校舎の窓から手を振ってくれる生徒、外階段の踊り場で拍手してくれる先生、
ビラを受け取りながら、「頑張ってください」と励ましてくれる生徒、
「もっとください、友だちの分も」と何枚か持っていってくれる生徒、
1時間で200枚のビラがなくなりました。
いよいよ卒業式です。ビラ撒きに恐れをなした管理職が警戒態勢を布いていて、「在
校生(この時点で息子は二年生)の保護者はお断り」と言われたのですが、「地域に開か
れた学校を目指しているはず。まして在校生の保護者を締め出すとはどういうことです
か!」と詰め寄ると意外にもすんなり入ることができました。式の形式は残念ながら通
達通りでしたが、生徒たちの答辞・送辞には今回の卒業式に対する無念さと批判の言葉
が盛り込まれていて大変素晴らしいものでしたし、何より嬉しかったのは、在校生(2
年生)がほとんど不起立たったことでした。』
「答辞・送辞に今回の卒業式に対する無念さと批判の言葉が盛り込まれ」「在校生
がほとんど不起立」だけでも相当な成果でしょう。都教委の監視役や校長は相当
悔しがっているにちがいありません。来年は答辞・送辞の検閲や在校生への強制にまで
エスカレートするかもしれません。しかし、後に引くことはできない闘いが始まったの
だと思います。
45. 共謀罪って、知ってましたか
2004年9月28日
「反ひのきみネットML」より、二つ
10月1日の共謀罪に反対する市民の集いが近づきましたので、再度のご案内させていただきます。
ぜひ、ご参加ください。
話し合うことが罪になる
10・1共謀罪に反対する市民の集い
と き 10月1日(金)午後6時30分〜
ところ 文京区民センター2A集会室
基調講演 新倉修(青山学院大学法学部教授)「共謀罪の危険性」
お話し マッド・アマノ(パロディスト)「表現の自由と監視」
報 告 海渡雄一(弁護士)「国会をめぐる動向」
発 言 福島瑞穂(参議院議員)、民主党議員(予定)、共産党議員(予定)
参加費 700円
主 催 共謀罪に反対する市民の集い実行委員会
連絡先 盗聴法<組対法>に反対する市民の会
日本消費者連盟 TEL03-5155-4765
JCA-NET(広報室 西邑)TEL070-5580-0563
ネットワーク反監視プロジェクト(小倉)TEL070-5553-5495
日本のイラク派兵のなかで、言論・表現の自由を規制しようとする動きは、ますます強
まっています。その最たるものが、現在国会に提出されている共謀罪新設法案です。
この共謀罪は刑法などで処罰される560の行為について話しあっただけで、実際に行動を
起こさなくても処罰するというものです。行動以前の「言葉」だけで処罰する、それが共
謀罪です。政府に批判的な動きが封じられるのは当然のことながら、日常の友だち同士、
隣近所同士、同僚同士、家では家族同士の自然な会話にすら、権力の介入を許してしまうこと
になりかねません。また、この共謀罪新設法案には、インターネットに対する規制も盛り込
まれています。メールや掲示板など、ネットを通じた私たちの自由なコミュニケーションが、
政府の取締下に置かれようとしています。
こんな悪法の成立は絶対に許してはなりません。この法案の審議は、この秋から始まる臨時
国会が焦点です。ぜひ、多数のご参加をお待ちしています。
こんなとんでもない法案が提出されていることを、マスコミはほ
とんど報道していません。マスコミを掌中にした権力はとっても危険です。いつのまにか
大日本帝国時代よりひどいことになっています。
通達一年に当り、「首都圏ネットワーク」では、来年3月4月の卒・入学式に向け、
具体的な闘う体制を作り出していくために、
『「日の丸・君が代」強制と処分を許さない10・24討論集会』
を以下の要領で計画しています。
都立高校や義務制での教職員の闘いをどう作り上げるか、保護者や生徒は強制をどう跳ね返すか、
労働者・市民はどう連帯するか、そして、連帯の輪で都教委の一部の権力者・無法者たちをどう
包囲、孤立化させ、粉砕していくか、などについて積極的な意見交換をしたいと思います。
多くの皆さんの参加をお待ちしています。
<日時>2004年10月24日(日)13時30分〜
<場所>文京区民センター(JR水道橋駅下車、徒歩10分)
<内容予定>・基調提案
・各参加者(教員、保護者、卒業生、労働者、市民など)からの発言
・討論
・まとめと行動提起
<資料代>300円
<主催>「都教委包囲首都圏ネットワーク」
(連絡先)多摩教組 電 話 042・571・2921
ファックス 042・574・3039
なお、次回「首都圏ネットワーク」会議は、10月1日(金)18時より、
「あんさんぶる荻窪」第二会議室です。
10月24日には全国いろいろ各地で同趣旨の集会が開かれます。私は神仏を全く信じないものですが、
どんどん輪が広がるよう祈りたい気持ちです。
46. 頼もしい保護者たち(3)
2004年9月29日
(今日の引用文は「「日の丸・君が代」処分」(高文研)からです。筆者は
「都教委通達の撤回を求める会」・丸山江里子
さんです。)
『これ(10.23通達)を知った一人の母親は、
「エッ、これって、平成じゃなくて昭和15年の通達の間違いじゃない?」 とひと言。
いま思うと、その言葉は実に予言的な言葉でした。昭和15年は、太平洋戦争開始の前
年。そして、平成15年は、今年一月に強行されたイラクへの自衛隊派兵の前年です。
「都教委の異常な強制は戦時体制づくりなの?」卒業する息子が国家に絡め取られる
ような不安を感じました。来たる2005年はアジア太平洋戦争敗戦60年。時代の還暦なんて、
私は真っ平ゴメンです。
今年の一月、まだ松飾りもとれない時、近所の仲間とお茶を飲みながらたまたま、卒業
式の話題になりました。
「都立高校ばかりか、公立小・中学校の卒業式・入学式まで変えるんだって?」
「不登校だった息子が卒業式の日、自分の絵があると言って行ったのよ。それなのに絵を舞台に飾っちゃいけないなんて」
「納得できないね」
気持ちがおさまらないまま、みんなに声をかけ、1月7日に14人が集まりました。
「やっぱり黙っていたくないね、都教委に要請してみよう」
「賛同する人の署名も添えたら」
と話がすすみ、「卒業式、入学式に関する都教委通達の再検討を求める要請書」をつく
り、メールやFAXで賛同者を集めることにしました。この時、四校の都立高校保護者が
参加していたので、「○○高校保護者有志」として学校名も添えることにしました。再検
討を求める理由は次の三点でした。
1、日の丸の掲揚、君が代の斉唱を生徒、保護者、教職員に強制しないで。
2、生徒の門出を祝い、各学校独自に会場を設営する自由を認めて欲しい。
3、日の丸、君が代問題での教職員の処分は絶対にしないでください。
当初4校から、6校、10校、20校と面白いように広がっていき、都立養護学校が加
わり、都立高校だけでなく都立学校全体の問題として、さらに輪が広がりました。
2月6日、30分という限定付きで都教委の近藤精一部長と新井、巽、両課長に面会し、50校の
都立高保護者有志、802名の賛同者名をもって要請しました。
養護学校の父母は、「フロア式ならば自分で証書を受け取れる子も、壇上では大人の介
助が必要だ。せっかくの自立の節目である卒業式の意味が変えられてしまうのは悲しい」。
都立高校の父母は、「さまぎまな人が通う都立高校だからこそ、強制はすべきでない。教
師の心の自由を奪って、子どもが自由に豊かに育つと思えない」と訴えました。
私たちは同じ土俵で子どもの教育を話そうと思っていたのですが、最初から「反対の立
場」と決めつけ、「学習指導要領にあるとおり」とオウムのように繰り返す都教委、木で
鼻をくくるとはこのことだと思いました。教育を語る人でなく、機械的に人間を管理する
オペレーターのようでした。』
都の役人・校長・教頭は皆オウム型ロボットです。しかし、教育委員ともなるとさすが
に違います。自分の言葉で本音を言い放題です。
『4月8日には、東京都教育委員会の教育施策連絡会というものがおこなわれた。区市
町村の教育長・教育委員ら約300人が出席したそうだ。清水司教育委員長(元早稲田
大学長)は「子どもたちの晴れの門出で不都合な行為があり、許すことができない。純
粋な子どもたちにどれだけ影響を及ぼしたか、起こした教員には反省を促したい」と言
い、鳥海巌教育委員(丸紅顧問)は「徹底的につぶさないと禍根が残る。特に半世紀巣
食ってきている痛だから、痕跡を残しておくわけにはいかない」と話した。』(「良心的・・・」所収「加藤好一・私たちは癌ですか?」より)
「子どもたちの晴れの門出で不都合な」通達を出しておきながら、あきれた言い分です。
盗人猛々しいとはこういうのを言うのでしょう。元大学学長とはさらにあきれます。
鳥海は真の目的を正直?に述べています。「平和」や「自由」や「自主自立」を理念に掲
げる教育は、支配者にとっては癌であり、これを徹底的に潰すのが「日の丸・君が代の強制」
の真の目的だといっています。
47. 頼もしい保護者たち(4)
2004年9月30日
(前回の続きです。)
『都議会への陳情をはじめ、直筆の署名を口コミ、メールで呼びかけると、驚くほど広が
り、賛同する都立高保護者有志も増え、たくさんの都立高校名が並びました。この広がり
を怖れたのか、「早く片をづけろ」という自民党など与党の意向があったそうで、陳情の
審議は六月の予定が三月の文教委員会で行われることになりました。
文教委員会では生活者ネット、共産党、自治市民が賛成されましたが、自民、公明、民
主が反対、多勢に無勢で5686筆の署名を添えた陳情は否決されました。
はじめて都会を傍聴した私が驚いたのは自民党議員のヤジでした。共産党議員が「10・23通達に国旗
は左、都旗は右と書かれていますが、右・左の根拠は何か?」 と質問したのに対し、担当
部長が、「国旗は右、都旗は左の根拠は国際的慣習」と答えてしまいました
(通達では「国旗は左、都旗は右」)。自ら右左を混同する程度のことを全都立学校に命じた彼の
名前は近藤氏。学校が混同したら処分?
このやりとりの時に、自民党の樺山たかし議員、山本賢太郎議員がヤジを連発し、「そ
れは国際的な常識だ」と言いました。「そうだろうか?」 「こんな強制が国際的な常識なの
かしら」と不思議に思い、外国人特派員協会で記者会見をしてみようかと思いました。
元外国人特派員の方のご紹介で申し込みましたが、最初は門前払い。でも、絶対、ニュー
スの価値があると信じて再度挑戦すると、特派員協会の方が力になってくれ、実現しまし
た。スリリングな逆転でした。資料の翻訳・通訳はこの取り組みを通して出会ったすばら
しい仲間が引き受けてくださり、当日を迎えました。
前日、都教委が卒業式で不起立の教職員の処分を発表し、会見当日、『ジャパンタイム
ス』が一面に取り上げたため、会場は特派員でいっぱい! 緊張しながらもファイトがわ
きました。
「私たちは、『国旗・国歌や国を愛さないで』と言っているのではありません。国旗や
国歌といえども歴史から自由ではありません。ナチスの旗であったハーケンクロイツと同じ
時代に、同じような役割を果たしたこの旗、この歌に複雑な思いをもつ人は多いのです。
東京に住む、さまぎまな立場・国籍の人と仲良く暮らしていきたい、多様な考えを認め、
共生の知恵を身につけて欲しいからこそ、強制して欲しくないのです。『10・23通達』と
処分の撤回を強く求めます」と訴えました。たくさんの質問が出て、国際的な関心の高さ
と都教委の非常識が浮き彫りになりました。』
ここまで読んできて、とても大事なことに気が付きました。筆者の丸山さんはこの活動を
楽しく遂行していることが文脈から感じられます。絶望的にも悲観的にもならず息長く着実に
前進するためには、自分の活動の正当性に自信を持って、むしろ楽しみながら活動することが
必要だと思いました。しかしこれはとても難しいことだと思います。私はどちらかというと
、追い詰められた深刻な感覚にとらわれ、悲観的になりがちです。
それにしても、都の幹部も議員も、なんと言うオソマツくんでしょう。こういうオソマツくんを議員に
選んでしまう国民・都民もオソマツというほかありません。大方の反感をかっても、そう言わざるを得ま
せん。自分で自分の首を絞めているのです。
おおよそ権力に擦り寄る議員なんて面の皮の厚いのだけが取り柄の人物なのでしょう。その面の皮の厚さに比例して権力に近く
なっていきます。一番面の皮が厚いのは小泉・石原。その面の皮の厚さに反比例して国際社会の
信頼を失っていきます。やがて国際社会で孤立して、国際連盟を脱退した大日本帝国の轍を踏ま
ぬよう、彼らの面の皮を引き剥がしていく外ありません。
48. 頼もしい保護者たち(5)
2004年10月1日
特派員協会での記者会見のあと、「ジャパンタイムズ」、AP通信、イギリスの「ガ
ーディアン」、教育誌、「サウスチャイナモーニングポスト」、オランダの新聞等に
記事が掲載されたと言うことです。「ジャパンタイムズ」のくじの内容が掲載されていますが
割愛します。
『3月30日に発表された処分は、嘱託教員の不採用をはじめ、減給、戒告など176
人への処分で、私たちの要請・陳情をあざ笑うかのような異常なものでした。
私たちは急きょ、「学校に自由の風を!」と題し、4月29日に保護者、教職員、市民
で緊急集会を開きました。当日は300人の会場に520人という参加者で会場はあふれ
ました。高校生、在日の学生、教員、保護者、ジャーナリストなどがそれぞれの思いをリ
レートークで語りつなぎ、弁護士、学者が全体状況を語りました。
「来てよかった」「元気が出た」「まとめて話を聞くことで、バラバラだった事実がつな
がり、よくわかった」等の感想が寄せられ、人数的にも内容的にも大成功でした。
ところが一方、都教委は5月25曰、「10・23通達」を踏み越えるさらに野蛮な処分を
しました。3月18曰、都議会での土屋たかゆき都議の質問で、横山教育長が、「『君が代』
斉唱時に起立しなかった生徒が多い学校を調査し、教員を処分する」と答えたためです、
この曰、土屋氏の質問が終わると30人ほどの集団が一斉に退室、すると土屋氏も廊下に
出て来てこの人びとに深々とお辞儀。”密接な関係”を感じました。土屋氏の質問には完
璧に応じ、6000筆の署名に込められた都民の声は無視する都教委。都政が民主主義で
なく独裁主義に近づいていると感じました。
この動きに対し、6月12日、保護者、市民、教員、労働者、都庁の教育庁支部に働く
方々の賛同までも得て、集会を開き、1200人の会場が、1300人の方々でいっぱいに
なりました。
この取り組みを通じ、思いを同じくする方がたくさんおり、つながりあうことが元気と
力を生むことを知りました。たいへんでもたくさんの人と出会える楽しさも知リました。
実は、都教委の足もとも揺らいでいることを知りました。
私たちの子どもたちは都教委の人質でも、人的資源でもありません。民主主義のシステ
ムも監視を怠れば独裁となり、私たちの無関心とあきらめがこれを許してきたと思いました。
それには普通の市民があきらめず、東京の教育について発言し、行動し、議員の選択にも市民
の声を活かすための努力をしていかなくては、していけば可能性はある、そう信じて努力して
いこうと思います。』
土屋と横山のやり取りは明らかにヤラセだし、土屋が頭を下げた30人ほどの集団は、
たぶん交通費や弁当代付きで動員された者たちでしょう。
最近いただいたメールに次のような指摘がありました。
『歴史の総括をきちんとしないから、自国が崩壊していくのを、皆手をこまねいているのだと
思います。』
そのとおりだと思います。この問題をいずれ取り上げてみたいと思います。
49. 起立した人、しなかった人、ともどもの苦悩(1)
2004年10月2日
(「日の丸・君が代」処分」(高文研)からの引用を続けます。筆者は東京都立養護学校
教員・青戸正矢さんです。)
『 私にとっての「日の丸」「君が代」の原点は中学時代にあったと思っている。今から30年以上
も前のことである。当時、私が通っていた地方の中学校では、毎朝「君が代」が
流され、「日の丸」が掲揚されていた。「君が代」の音楽が流れている間は、学校のどこに
いても「気をつけ」の姿勢で直立不動でなければならなかった。しかし、このことに違和
感を持つことはなかった。そうするのが当然だと思っていたからである。
ひとつだけ覚えているのは、皇太子(今の天皇)が近くの施設に見学に来た時のことで
ある。生徒全員で皇太子の車に旗を振ろうという担任の話に、私はなぜか反対した。
そのことに深い意味はなかったが、担任や先生方にひどく怒られた。そして教室に戻り、泣い
ていた。いま考えてみると、「日の丸」「君が代」に反発を覚えるのはこの出来事があった
からだと信じている。』
私は『4.「君が代日の丸」が「考えるな、服従せよ」と恫喝する(2004年8月18日)』で
『日常的に校庭の「日の丸」に敬礼し、どこで何をしていようと、直立不動で「君が代」の放送を聞
くことを強いている小学校が既にあると言う。』と書きました。自民党が「教育正常化」
(私から見ると「教育異常化」)運動を協力に推し進めていた頃(たぶん1975年前後)の記憶で、
少し自信がなかったのですが、やはりそういう学校はあったのです。今はどうなのでしょうか。
小学校・中学校でこのように教育されてきた人たちが各分野の第一線で活躍するようになった
のだなあと、感慨を新たにしています。上記の文の筆者のように、心の奥底に持っていた疑念を
現実と照らし合わせて意識化する機会を持った人は「日の丸・君が代」教育の呪縛を解くことが
できますが、日常にただ流されて過ごしてきた人たちは「日の丸・君が代」に何の違和感も持た
ず、支配を甘受するのでしょう。そういう人が多数派を構成するようになったのですね。
30年も前から、いや敗戦後ずっと相も変わらず教師は生徒に旗を持たせて、旗振りの先頭に
立っていたのです。もちろん反対する教師はいるのですが、いつも少数派です。今に始まった
問題ではないのだと改めて思います。「歴史の総括をきちんとしない」でやり過ごしてきたツケです。
ちょっと滅入りますね。
思い出したことがあります。私が三宅高校に勤めていたとき、昭和天皇が観光で来島したことが
ありました。天皇の車が通過するほんの数秒足らずのために、小中学校では児童・生徒に日の丸を持た
せて沿道に駆り出しました。私の娘が小学生だったのですが、母親が「私の娘には旗を持たせない
で欲しい」と抗議して、私の娘は旗振りはしませんでした。もちろん娘にはその理由は話しました。
私が勤めていた高校では、私は沿道で出迎えることは無用と主張しましたが、
生徒個々の判断を尊重しようということになって、その時だけ授業を中断して、
生徒の自由に任せました。興味本位で校門まで出て行った生徒が多少いたようです。
もちろん日の丸などは用意はしませんでした。
50. 起立した人、しなかった人、ともどもの苦悩(2)
2004年10月3日
青戸さんは4年前の卒業式を振り返っています。
『昭和天皇が死去したころから「日の丸」を掲揚しようとする動きが強まり、1999年
夏、多くの反対の声を押し切って「国旗・国歌法」が成立した。東京都教育委員会は秋に
通達を出した。
3月に入り、各学校での卒業式の様子が新聞などに報道され、「日の丸」「君が代」に反
対する教職員や生徒の活動が紹介された。これに危機感を待った管理職は「式の中で内心
の自由について発言は認めない」「『国歌斉唱』の発声とテープ操作は教員がやる」という
提案をしてきた。校長は「職務命令を出してもいいんだ」と自分の考えを押し通そうとし
たが、何回も話し合い、最終的には式の始まる前に「内心の自由」について話すことがで
き、発声やテープは管理職が行うことになった。
教頭の「国歌斉唱」という声とともに「君が代」の音楽が流れたが、教職員・生徒・保
護者はだれも起立しなかったし、歌わなかった。管理職の歌声だけがむなしく響いていた。
私は司会担当だったので、式の話し合いから式が終わるまで胃の痛くなる毎日だった。式
が終わった時、肩の力が抜けていった。
式の後、事務室に行った時、校長に会った。開口いちばん、校長は私に、「なぜだれも
立たないんだ。おまえら何かやっただろう」と怒鳴った。突然のことで驚いたが、
私も言い返した。興奮していたので、何を言ったかよく覚えていない。後になって気がついたの
は、校長は自分の立場だけを考えているということだった。学校が都の言いなりになり、
管理職がその先頭に立つという図式がよく理解できた出来事だった。』
』
昨年の「10・23通達」が従来の卒業式を破壊します。
『「通達」 について校長は、「こうなりました。この通りやります」 という説明しかしなかっ
た。「内心の自由」については、「もう何年も話しあってきたこと。もう話すことはない」。
保護者への説明は 「必要があればやる」という姿勢で、教職員や保護者に説明し、納得し
てもらおう(納得させられないだろうが)という姿勢は全く見られなかった。
問答無用! それが今回の通達の特徴であった。
(中略)
(卒業式で)指定された席に座ることが強制され、(「国歌斉唱」という)司会の声とともに
教頭が近づいてくる。後ろでは指導主事がチェックしている。私は歌わなかったが、座ることはで
きなかった。座ることが職場にどのような混乱を起こすかわからなかったし、職場や保護
者から支持されるかどうかもわからなかった。それは、自分自身の弱さでもあった。教職
員の中にも「おかしい」と思っている人はいたが、どうすればよいかをきちんと明らかに
することができなかった。日頃の職場での活動が弱かったということである。
教員が自由に発言して教育活動ができ、集団で教育に当たるとき、生徒が自由にのびの
びと成長できるのである。おかしいことを「おかしい」と言えない状況ではよい教育を行
うことはできない。今回の「通達」は、教職員にとっても生徒にとっても苦痛を与えるも
のでしかなかった。卒業式で起立しなかった方の話を聞く機会があった。その方は、「自
分の思いで起立しなかったが、くり返すと子どもや職場から切り離されてしまう。入学式
ではやらないと答えるしかなかった」と話していた。
教職員をこのような思いにさせ、強制する人たちに、本当に怒りを覚える。教職員だけ
でなく、保護者や市民からも反対の運動が始まっている。憲法にも反する 「通達」に反対
し、処分撤回などの運動にも関わっていきたいと思っている。』
「職場や保護者から支持されるかどうかもわからなかった。」「くり返すと子どもや職場
から切り離されてしまう。」
起立した人もしなかった人も、ともどもに苦悩しています。
一人でも多くの人が、「日の丸・君が代の強制」と闘う教師たちを支持することを表明し、そのための
行動を起こすことが不可欠な情況になっています。