11. 教育現場での「孔の穿ち方」・その2
2004年8月25日
学習指導要領も「君が代日の丸」をしっかり教えよと言っている。
しっかり教えよう。
「君が代日の丸」を扱うのは社会科に限らない。どの教科の授業でも、
授業のまくらに政治時評や社会時評として、教師が自分の考えを述べる
のに何の不都合もない。例えば「三バカ大将」がちょくちょくよいネタ
をくれるだろう。「三バカ大将」の暴言虚言は格好の材料だ。「君が代日
の丸」に言及しなければならないことも多々あるだろう。
これは単に個人としての意見を述べるのだから、教師の考えの一方的
押し付けで一向に構わない。
しかし、例えば社会科で扱うなら、教材の一つとして授業全体の中に
しっかりと位置付けすべきだし、教師の考えの一方的押し付けではい
けない。そんなのは授業とはいえない。それでは都教委がやっている押
し付けの裏返しに過ぎないことになる。きちんとした授業案を練って
望むべきだろう。
社会科以外で本格的に取り上げられないか。私は卒業学年の担任のとき、
ホームルームで取り上げたことがある。この場合も教師の考えの一方的押し付けではいけない。
結果は、中途半端で欠陥だらけのものになってしまったが、何かの参考になればと思い、紹介したい。
始めの構想は次のようだった。
1. 生徒全員からアンケート形式で意見を聞いて、プリントにして配る。
2. それをもとに討論をする。(全員が前を向いての討論はほとんど
意見が出ない恐れがある。出来ればディベートが面白い。)
3. 私の考えを伝える。(私は話がへたくそなので、プリントにして配る。)
4. 再度アンケートを取り、プリントにして配る。
私の力量不足と時間制約とで、「1」と「3」だけでお茶を濁してしまった。
しかし、親しい友達どうしでもこのような問題を話題にすることはないと思われるので、お互い級友がどう考えているのか知り合うだけでも有意義だったと、自ら慰めている。
時間制約と言うのは、時期が3年の2学期末の卒業間近で、卒業関係の
課題がぎっしり詰まっており、ホームルームの時間を
割くことが出来なかったためだった。アンケートの回答の中に
「生徒の卒業式が近づくと、いきなり問題をとり立てるのにも疑問を
感じる。私たち受験生に聞くのはこくだとおもう。もっと高1・2ぐ
らいのときから、もんだいていきしてもらわないと『いきなりだ』と
思える。」と言う指摘があって、耳が痛かった。
12. 十年前の高校生の意識
2004年8月26日
十年ほど前にホームルームで試みた「君が代日の丸」についてのアンケート
の回答をまるごと紹介します。ただし、「よい」とか「よくない」とか「
どちらでもよい」とかだけの回答は省いた。順序も回収したときの順序のまま
で、編集作業は何もしていない。
俗に十年一昔という。一昔前の高校生と現在の高校生と、その意識に
変化はあるのだろうか、ないだろうか。興味のある問題だ。現在の高校
生についての資料がほしいところだが、どなたか提供してくれませんか。
問
「卒業式に日の丸を掲揚したり、君が代を歌うことについて、君はどう考えますか。」
回答
3年2組 42名(在籍44名。白紙1,欠席1。)
(1)「君が代」は卒業式で歌いたくない。あと、体育館の校旗のとなりなどに国旗はあってほしくない。私個人としては校庭のポールに国旗と校旗があるのはかまわないと思う。
(2)「君が代」まず天皇制がどうこうよりも、国歌は国民・人類みんなで力を合わせて前進しようとか、いうものに変えるべきだと思う。それに、君が代は開国後に作られたもので、皇太子の結婚のときも宮内庁はプログラムに入れなかったけれど、文部省が強引に入れさせたということでも、君が代を歌って得をすることはないと思う。ぼくは君が代は歌わない。
「日の丸」日の丸はOK!だけど、学校には掲げないほうがいい。国のためになる人材を育てるのが学校、主に公立校の役割だけれど、君が代日の丸が大好きで、愛国心とか言っているヨイコチャンが本当に国を良くするのかというと、違うと思う。それよりも批判する人間が必要だと思う。
(3)日の丸に関しては特に言うことはありませんね。白布に赤い丸。深い意味があってもシンプルすぎてどうとでもとれますから。長い間あれで通ってきているんだからかまわないと思います。ちょっと言いたいことがあるとすれば、・・・ノーコメント
(4)別にどうでもいいが、強制するのは間違っている。
君が代はテンポがなく暗い。今になっても歌詞の意味がわからない。卒業式に何のために国の歌を歌うのか説明してほしい。
(5)歌を歌うのは嫌いだから歌いたくない。日の丸は立派だから良い。
(6)君が代はいらない。誰も歌わないし、歌詞もあいまいにしか知らないので時間のムダ。日の丸は別に旗が何かしてくるわけでもないし、ただぱたぱたしているだけだから、どっちでもいい。変なのが来て話がややこしくなると、ややこしい(当たり前)ので、両方ともいらない気がする。
(7)日の丸をあげたり、君が代を歌ったりするのは別にどうとも思わないけど、国が強制してさせるのは良くないと思う。
(8)君が代は歌わないほうがよいが、学校の校歌を知らないので、そっちのほうが問題である。
国旗があがっていてもいなくても、別に気にしたことはない。
(9)君が代は嫌いなので強制されたくはない。日の丸は別に気にしない。
(10)日の丸はどうでもよいが、君が代は暗い曲だから歌いたくない。
(12)私は君が代を歌うのはイヤです。今は席を立っているだけみたいで、聞きたくもないのに聞いているし、意味のないことをしている気がします。旗をあげても私たちに何の影響がなければいいけれど、天皇に対して支配されているとか、そういう臣下みたいになるのはすごくイヤです。
私たちの大切な卒業式には、天皇のために旗をあげるのも、君が代を歌うのもイヤです。自分たちのための卒業式だから、私たちがイヤだと思えば、やらなくてもいいと思います。
私ははっきりいって反対です。
(13)日の丸と君が代は天皇の行事のときだけやればいい。卒業式とか入学式には学校の旗と校歌をやればいい。もしそれで何かものたりないと思うなら、主役である生徒が式の企画をやってもりあげればいいと思う。それでもし日の丸とか君が代がやりたいと思ったらやればいい。卒業式や入学式まで国にとやかくいわれたくない。戦前の日本じゃないんだから。
(14)小学校も中学校も君が代を歌ったし、日の丸もあげた。だからないとさみしいと思う。
何で反対したり賛成したりするのかわからない。去年の卒業式を見て、先生の服にワッペンで「私は日の丸君が代に反対です。」とかいうのをつけていたのは驚きました。反対賛成は個人の自由ですが、わざわざ式の当日にまでも、目立つ色でワッペンをつけないでほしい。日の丸は国旗だし、君が代は国歌なんだから、いいのではないでしょうか。オリンピックでも優勝すれば日の丸があがり、君が代が流れるのだし。どっちにしても当日の先生方のワッペンには反対です。
どういう意味で反対で、どういう意味で賛成なのかがわかりません。
(15)日の丸君が代について思うことは、まず、中学校までならば義務教育ということで別に気にもとめていませんでしたが、(というのも)君が代に意味があることに最近まで知らなかったので、今思うと、やはりよしあしにかかわらず、現在の教育制度はよくない。(意味を知っていたら)歌うかといわれれば、NOでしょう日の丸についていえば、文頭にも書いた通り、義務教育下では許せないこともないが、高等学校は(今でこそ進学率が高く、義務教育のように思われているが)義務教育ではないので、かかげるべきではない。むしろ国旗より校旗をかかげたほうがいいのでは(国旗にくらべれば問題はないのでは)
北園の校風の自由を最優先にし、文部省が何をいおうとも反対すべきである。
(16)反対。天皇嫌いだから。
(17)旗をあげることで何かがかわるのはいやだけど、何もかわらないのなら旗はあげても気にしない。歌はわざわざ歌いたくない。
(18)賛成。理由:卒業式に今までずっとくっついてきていたから。
(19)日の丸・君が代には反対も賛成もしない。その学校の判断にまかせる。
(20)日の丸君が代を卒業式に取り入れるかどうかはどちらでもいい。というより、そんなのあってもなくても関係ないという感じ。むしろ私たちの卒業式を利用して国に抵抗しようと、看板をたてる教師の方がいやだ。卒業式にどろをぬられる感じがする。それに卒業式が近づくと、いきなり問題をとり立てるのにも疑問を感じる。私たち受験生に聞くのはこくだとおもう。もっと高1・2ぐらいのときから、もんだいていきしてもらわないと「いきなりだ」と思える。とりあえずせんせいたちにしてほしいことは、卒業式をつまらないものにしないでほしいということ。
(21)君が代は日本の国歌なので卒業という1つのけじめの時に日本人として誇りを持ち外人みたいに歌った方が、めんどうくさいけどいいと思う。
国旗掲揚は舞台に日の丸の旗をかかげなければ、別にかまわない。舞台のところにあると、日の丸に頭を下げていることになるので軍国主義みたいで嫌だ。
(22)卒業式に君が代は絶対にいやです。この歌は天皇のためにつくられた歌で、なんか自分たちの卒業式なのにわざわざ歌うのはおかしい。それならば、自分たちで卒業式に歌いたい曲を選んで、最後に1曲歌いたい。
国旗もなんとなくいやだ。これは日本のためじゃないから、校旗だけでいいと思う。
(23)小・中とで日の丸も君が代もしていたから、当たり前のことだと思っていたけれど、あまり歌いたくない。日の丸は別に飾ってもいいと思う。きっと歌うことになっても、歌う人はあまりいない気がする。
(みんな校歌が歌えないから悲しい。卒業式にはみんなで校歌を歌いたかった。)
(24)卒業式に君が代を歌うのはあまり賛成しない。君が代を好きでない人もいると思うから、強制してはいけないと思う。君が代は何をいっているのか意味がわからなくて、暗い。このさいだから、国民をたたえる歌(いわゆる国歌)を一般募集して国民投票で決めてみてはどうかと思う。
日の丸についてはあげる必要はないと思う。日の丸は、日本の軍国主義統一のために使われたという悪いイメージがあるから、このさい国旗も一般募集して、国民投票で決めてみるのもいいと思う。
(25)日の丸の意味がよくわからないので、日の丸については何ともいえませんが、“君が代”は天皇制に反対の人もいると思うから、君が代は歌わない方がいいと思う。
(26)君が代はいい曲だから歌いたい。日の丸はどちらでもいいと思う。あっても別に何とも感じない。
(27)日の丸・君が代について反対です。戦後廃止されたものをもう一度行なうことは軍国主義にたちかえるような気がします。小さな問題のような感じがしますが、こういうこともきちんとけじめをつけて、戦前・戦後の区別をすべきだと思います。
(28)「君が代」の君の字はどうも天皇のことを指すらしい。つまり天皇を卒業式にたたえるのかおかしい。反対。
「日の丸」について。上げることに不満はないが、ここは他の人の意見を知りたい。再審。ただ上げること自体をプログラムとして組むのは反対。上げるならさりげなく、あるかないのかわからないぐらい存在感をなくすのがよい。
(29)君が代・日の丸というものは天皇を祭ったものだし、日本の国歌や国旗というものではないと思うので、歌う必要はないと思う。歌いたくない。
(30)どちらとも言えません。でも、日の丸をあげたり、君が代を歌ったりするのは、何だか意味のないことのように思えます。
(31)結論・両方とも反対
もともと良いイメージをもっていない。君が代は「天皇をたたえる歌」であり、進んで臣民にも国民にもなったわけでもない。学生がわざわざ卒業式に歌う義務はない。
日の丸もほぼ同様。校旗ならともかく、国に礼する必要を認めない。
現実を考えず、体面だけ重視して、無理難題を押しつけるお偉方の言うことなどはひきうけなくてよい。
(32)このことについては、考えたことはなかったけれども、別に日本人なんだから、旗をあげて、君が代を歌ってもいいと思う。
(33)高校を卒業する時、感謝しているのは先生方や友達だから、別に日本に対して日の丸や、君が代を歌わなくて良いと思う。
(34)君が代の歌詞の内容なんて、みんな考えたこともないと思う。だから歌ってもいいと思う。(でも実際に歌えと言っても歌う人は少ないだろう。)
日の丸もそんな歴史があるなんて考えてみたことないと思う。そんなことは考えないでみれば、なかなかすっきりしていていい国旗だと思うし、オリンピックでかかげられれば、誇らしく思う。
もっと年月がたてば戦争のことなど全く知らない世代になってこんな論争があったことなども忘れてしまうのではないか。
君が代を歌ったり、日の丸をかかげたりするのはかまわないが、強制されるのは気にくわない。人それぞれいるから。
(35)私は日の丸も君が代も国旗国歌と認めていないので、反対です。特に君が代は。天皇すうはいの名残のあるような歌を“国歌”といってほしくない。中学の卒業式には、歌いたくなかったので、立つだけ立って歌わなかった。しかし、歌いたい人もいるかもしれない。そういう人が多くて、もし、歌うことになっても私は歌わない。日の丸は式場内に掲げないなのなら、100歩ゆずってもいい。
(36)日本のために勉強しているわけではないし、強制的にさせられるのは反対。卒業式はこの学校での一つの行事なわけで、その中で、君が代を歌う必要は特にないと思う。
(37)国のために卒業するわけではないのだから、強制的に日の丸をあげる必要も君が代を歌う必要もないと思う。
(38)私は君が代には反対です。あんなへんな歌はやめてほしい。卒業式にふさわしくない。お経みたいで楽しくない。でも日の丸は掲げてもいいのではないでしょうか。いちおう都立だし、(でもそしたら都の旗をあげるべきか・・・)でも絶対に強制はよくありません。歌いたい人は自分で(たとえ一人でも)うたえばよろしい。うたいたくないひとはうたわない。でも歌は校歌があるから2つはちょっと多いかもしれません。それと「国旗に一礼」するとかいうのも、へんだとおもう。別に国に育ててもらってるわけではないし、税金をはらっている(これからもっとはらう)ので当然の権利なのでわざわざ礼をするほどのことではないだろう。これも個人の自由だと思う。うちの学校は個人の自由をたいせつにする学校だから、国旗があるといい人はじぶんでもってってたり、自分の服にはりつければよいのだと思う。
結論「やりたい人はかってにやれ、でも強制はするな。それと、みんなでやらなければいけなくなるような方向にするな。自分で選ばせろ。」ということです。個人的には国歌反対、国旗もキライです。
(39)「君が代」に関しては自分は歌いたくない。また、卒業式において、取り入れてほしくない。中学卒業時、自分は「君が代」斉唱のとき口をつぐんで歌わなかった。理由は、メロディ、歌詞ともに曲としての美しさを備えていないからである。メロディは暗い。歌詞はわけがわからない。(天皇がどうとかはここでは問題にしていない。)
日の丸は、歴史的なことはヌキにして考えると、あまり堂々と会場に置いてほしくない。どうしてもやるというなら校庭のポールに上がっているぐらいにしてほしい。
校歌を歌うことについて、考えてみる必要があるのではないか。
13. 石原による都政の私物化
2004年8月27日
昨日、石原の忠実な下僕の都教委が、白鴎高校付属中学の歴史教科書に、
たった5分の委員会で予定通りに、扶桑社版の「新しい歴史教科書を作る
(正しくは「捏造する」と読む・・・仁平)会」主導の狂科書
(変換ミスではありません。)を採択した。しかし、いまさら驚くにあたら
ない。会議は単なる形式だけの手続きに過ぎない。もう既定の方針なのだ。
同じく昨日、都教委が「ジェンダーフリー」と言う言葉を使用しない方針を
決め、都立学校に通知したことも報じられている。
「君が代日の丸」の強制、「歴史狂科書」の採用、「ジェンダーフリー」をターゲット
にした言葉狩り、全部、日ごろ吹聴している石原の持論じゃないか。
都教委も教育庁職員も、都民の公僕ではなく、石原のめちゃくちゃイデオ
ロギー(漢字で、虚偽意識とルビを振る。)に拝跪する石原の下僕に成り
下がっている。
都議会も、大勢は、石原に色目を使ってチェック機能を
まったく放棄してしまった状況だ。情けない。
石原のイデオロギーにかかると、同じことの言行が、自分の場合は正しく、他の者の場合は間違いになる。石原の頭の中には論理思考力のかけらもない。
「ジェンダーフリー」運動の中には行き過ぎでおかしいと思える部分が確かにある。が、その部分の誤りを問題にして、全体を否定す
るのもよく使われる詭弁の一種だ。
しかも、小説での差別用語の使用をめぐって「言葉狩りだ、ファッショだ」
と喚き立てて非難していた石原が、こんどは自分が「言葉狩り」を平然と
やってのける。私が「腐れ文学者」と悪態をつく所以だ。
8月24日付の朝日新聞の「窓」というコラム欄に、小泉が持ち出した地方への「補助金廃止案」をめぐって紛糾した
全国知事会の様子が取り上げられていた。
どうやら石原は少数派だったようだ。こんな発言をしている。
「3分の2以上の多数で地方の意思表示になるのか。不合理。不自然。一種のファッショだ」
自分のファッショぶりは棚に上げて、自分と異なる意見が多数派になると、ファッショだとわめく。
石原イデオロギーによる都政の私物化はまだまだ続くだろう。私には、
いろいろな反動団体と綿密に連携しながら、石原イデオロギーを推し進めるか
なり綿密なプログラムがあるよう
に思われる。今度の「言葉狩り」も「狂科書採用」も
その布石の一つに過ぎない。
たとえば、、教科書の区市町村ごとの広域採択制は石原による改悪ではないが、
その改悪の上に決定的な悪巧みを付け加えている。2001年2月に石原の
下僕都教委は教科書採択手続きに関して「学校票」廃止の通知を出している。
現場教師の意見を封じたことになる。
当然、現在学校単位で教科書を採択している高校への何らかの締め付けが
予想される。何しろ悪知恵ばかりにたけている連中だ。
いままで学校で決めた採択教科書はそのまま採用決定になっていたので、
最終決定の仕組みには関心がなく、知らなかった。
「平成17年度使用都立中高一貫6年制学校(中学校)用教科書、都立盲・ろう・養護学校(小・中学部)用教科書及び都立高等学校用(都立盲・ろう・養護学校高等部を含む。)教科書の採択結果について」というやたらと長い表題の教育庁の報告書をのぞいて見た。
3 都立高等学校用(都立盲・ろう・養護学校高等部を含む。)教科書の採択
(1) 各学校における教科書の選定
各学校は、都教育委員会の採択に先立ち、校長の権限と責任のもと、以下の手続きに則り教科書の選定を行った。
ア 教科書の専門的な調査研究及び適正な選定を行うため、各学校に校長を委員長とする「教科書選定委員会」を設置した。
イ 校長は新学習指導要領の各科目の目標等を踏まえ、都教育委員会が作成する「高等学校用教科書調査研究資料」を活用し、教科書の調査研究を行った。
ウ 校長は、学校での教科書の調査研究結果及び生徒の実情等を踏まえ、
「高等学校用教科書目録(平成17年度使用)」のうちから、
最も適切な教科書の選定を行った。
エ 校長は、教科書の選定後、所定の様式に具体的な選定理由等を明記し、教育庁指導部に報告を行った。
(2) 採択結果
ア 都教育委員会は、各学校の選定結果を全て適正とみなし、学校ごとに平成17年度使用教科書を採択した。
行政権力の仕組みだから、当然といえば当然だが、最終決定権は都教委に
ある。これもまた、いまや都教委の従順な下僕となっている校長
(そうじゃない校長のいることを期待したい)を締め付けるのはた
やすい。現場教師の意思をいくらでも無視できる仕組みになっている。
都教委のわるだくみにとって今の仕組みで不都合ならば、お得意の一
方的な「通達」とやらで変更すればよい。
杞憂に過ぎなければよいのだが、「教科書検定」の
ますますの反動化とあいまって、教科書の実質的な国定化が進行するのではないか。
1948年に、大日本帝国の独断的教育行政の反省から、教育行政の民主化がは
かられ、一般の地方行政から独立した、市民から選ばれた代表によって構成された機関として
「公選制」の教育委員会が設けられた。
それが、早くも1956年に、「教育の政治的中立と教育行政の安定を確保し、一般行政と教育行政の調和を図り
、国・都道府県・市町村が連携する教育行政制度を確立することを趣旨として」という欺瞞に満ちた
空疎な美辞麗句を掲げた国家権力の策略にまんまんとしてやられ、「任命制」に改悪された。
教育委員会は支配者側に取り込まれてしまったのだ。
それが今、行政権力の下僕に成り下がって、独断的教育行政をほしいままにしている。何が中立だ。
連綿と意思を受け継ぎ、じっくりと時間をかけて、楔を打ち込んでくる支配者どもの深慮遠謀は侮りがたい。
14. 「孔の穿ち方」その3
2004年8月28日
ともかく「よい教育」をめざす。
でも、いったいどういう教育が「よい」のか。そしてどうしてそれが、「孔を穿つ」ことになるのか。
『6. 石原が恋い焦がれている「国家」』で取り上げた石原の発言には前がある。
―卒業式などで生徒が起立しなかった場合に教師
らを厳重注意などにする処置は、自分たちが起立しな
ければ先生が処分されるという一種の脅しになり、生
徒の行動を縛ることにならないか
「それはちょっと違うんじやないの。生徒がそれほ
ど先生を尊敬しているかよくわからぬからね、このご
ろね。先生が罰せられるの、おれたちは大変だというほど、
そこまで意識ないんじやないか」
質問にまともに答えず、はぐらかす。これも詭弁の一種で、小泉も多用している。
また、この発言には石原という男の品性の卑しさがよく表われている。
まあ学校の先生なんてそんなもんよ、と片頬を歪めてシニカルに
冷笑している顔が目に浮かぶ。教師ばかりか、生徒をも侮辱している。
こんな浅薄な人間理解しかない奴が教育の現場に土足で踏み込んできている。
この人、高校生のころ、よっぽど先生に恵まれなかったのか、
いつも学校に背を向けて斜に構えていたのだろう。(私は斜に構え
ているような高校生を嫌いではない。斜に構える方向が反権威・
反権力ならば。)
おそらく高校生・石原は「君が代」など歌ったことはないだろうし、
「日の丸」を敬虔に見上げた
こともないだろう。今だって怪しいものだと、私は思っている。
まあ、あんな時代錯誤の歌、歌わなくても一向に構わないけどね、
人に強制するなよ。
教師の中にも生徒の中にも、眉をひそめたくなるような者
が確かにいる。まともな授業が出来ない状態の教室があること
も耳にする。だが、ここでは私がかって所属した教育現場で実際に体験したこと
を元に言うほかない。
ほとんどの先生はほとんどの生徒と良好な人間関係を築いている。
生徒の方から見ても、尊敬したり、
親しみを感じたり、影響を受けたりする先生の一人や二人はいるはずだ。
自分の学生時代を振り返ってみればよい。教育現場の状況に疎い人でもこう思うのが普通だろう。これがまともな
人間理解というものだ。
石原のために教育をしているわけではないが、石原ごときにこんなことを
言わせないためにも、「よい教育」をめざそう。
「よい教育」という大問題は私には荷が重く、私が自分の言葉で語るなど
できるわけがない。自分が教師としてやってきたことを振り返り、私にそ
の資格がないことも充分に自覚している。
これまでと同じように、私に元気をくれている人の言葉を手懸りに
考えていく。
これまでに二度、パウロ・フレイレの言葉を引用させてもらった。そのパウロ・
フレイレの教育学を紹介しようと思う。
フレイレの教育学は「孤立した象牙の塔のなかで」考えたものではなく、
ブラジルやチリなどでの識字教育の実践を通して考えられてきた。
ブラジルやチリと日本とでは情況はかなり違うから、フレイレの提唱する
教育がそのまま日本の教育に適用できるかどうかは分からないが、
私はフレイレの教育学からとても大事なことを学んだと思う。
「よい教育」のめざすべき方向を確信した。
机上で「よい教育」を考えても、「よい教育」を創り出すことは出来ない。
今自分が実際に行っている日々の教育を検証することから始めるべきだろう。
フレイレによると、私たちが行っているごく普通の教育はほとんど「わる
い教育」ということになる。なぜ、どこがわるいのか、謙虚に耳を傾けるこ
とにしよう。
かなり長くなるので、また明日。
15. 銀行型教育
2004年8月29日
(以下引用文はすべて、パウロ・フレイレ「被抑圧者の教育学」から。下線は仁平)
「一方的語りかけ(それはつねに語りかける人である教師によるものであるが)は、
生徒を語りかけられる内容の機械的な暗記者にする。さらに悪いことに、かれらはそれによって容器、
つまり、教師によって満たされるべき入れ物に変えられてしまう。入れ物をいっぱいに満たせば満たすほど、
それだけかれは良い教師である。入れ物の方は従順に満たされていればいるほど、それだけかれらは良い生徒である。
教育はこうして、預金行為となる。そこでは、生徒が金庫で教師が預金者である。」
フレイレはこういう教育を「銀行型教育」と呼んでいる。「銀行型教育」
で教師が日々行っている行為や態度は、抑圧社会を全面的に反映し、その矛盾を
維持しているものであると言い、次のように列挙している。
「1 教師が教え、生徒は教えられる。
2 教師がすべてを知り、生徒は何も知らない。
3 教師が考え、生徒は考えられる対象である。
4 教師が語り、生徒は耳を傾ける---おとなしく。
5 教師がしつけ、生徒はしつけられる。
6 教師が選択し、その選択を押しつけ、生徒はそれにしたがう。
7 教師が行動し、生徒は教師の行動をとおして行動したという幻想を抱く。
8 教師が教育内容を選択し、生徒は(相談されることもなく)それに適合する。
9 教師は知識の権威をかれの職業上の権威と混同し、それによって生徒の自由を圧迫する立場に立つ。
10 教師が学習過程の主体であり、一方生徒はたんなる客体にすぎない。
この項目を読んだとき、「おれがやってきたことそのものじゃないか。
もしかすると、おれは、無自覚にとんでもないことをやってきたのかもしれない」
と思った。
フレイレは厳しく指摘する。
「銀行型教育方法のヒューマニズムの裏には、人間をロボットに変えようとする意図が隠されている。
それはまさに、より豊かな人間になるという存在論的使命
の否定である。このことを知ってか知らずにか、
当人は善意のつもりでも、自分のやっていることが非人間化にしか役立っていないことに気がつかない
銀行員教師bank-clerk-teachersが無数にいる。そして、この銀行型の方法を用いる人びとは、
預金それ自体のなかに現実の矛盾が含まれているのを知ることができない。」
そしてさらに、「銀行型教育」は抑圧者の利益に仕えるものだと言う。
「銀行型教育概念が、人間を順応的で管理しやすい存在とみなしても驚くにほあたらない。
生徒が自分たちに託される預金を貯えようと一生懸命に勉強すればするほど、
世界の変革者として世界に介在することから生まれるかれらの批判意識は、ますます衰えていく。
押しつけられる受動的な役割を完全に受け入れれば受け入れるほど、かれらはますます完全に
あるがままの世界に順応し、かれらに預け入れられる現実についての断片的な見方を受け入れるようになる。
生徒の創造力を最小限に抑え、摘み取り、かれらの軽信をあおりたてる銀行型教育の機能は、
世界を解明したいとも思わなければ、それが変革されるのを見たいとも思わない抑圧者の利益に仕
えるものである。」
いわば「銀行型教育」は「抑圧者の抑圧者による抑圧者のための教育」に他ならないと言う。
ならば「銀行型教育」を棄揚して、真に「被抑圧者の被抑圧者による被抑圧者のための教育」を創り出せれば、これは教育現場にたいへんな「孔を穿つ」ことになる。
しかし、そのような教育に対して、抑圧者側は拱手傍観はすまい。
都立高校の教師たちは「銀行型教育」にかなりの穴を穿っていたと思う。
石原の教育現場への攻撃は
「銀行型教育」の補修・強化という観点から捉えることもできる。
「抑圧者は、批判能力を喚起し、現実についての断片的見解には満足せず、点と点、
問題と問題を相互につなぐ絆をつねに探究しょうとする教育の、どのようなこころみにもほとんど本能的に反対する。
実際、抑圧者の関心は、『抑圧する状況をではなく、被抑圧者の意識を変えること」』
(シモーヌ・ド・ボーヴォワール『右翼の政治思想』)にある。なぜなら、被抑圧者はその状況に順応するように
導かれれば導かれるほど、それだけ容易にかれらは支配されるようになるからである。」
石原の腰ぎんちゃく・都教育委員らや三浦や江崎や大方の高級官僚や、「知的エリート」の
多くが抑圧者や抑圧者の下僕に成り下がっていくのは「銀行型教育」の成果だといったら、
牽強付会に過ぎるだろうか。
また、「問題児」と呼ばれ、教師たちに厄介者扱いされている生徒たちは、無意識ながら、
「銀行型教育」への反抗者・反逆者なのではないか。
16. ちょっと寄り道、2題。
2004年8月30日
(1)
5月末ごろ、イラクからの自衛隊の撤退と憲法九条の改悪反対を新聞紙上で訴えようと、
「市民意見広告運動」からお誘いの葉書を頂いた。ささやかながら一口乗せてもらったが、
広告掲載紙が私の取っていない毎日新聞なので、すっかり忘れていた。
十日ほど前、8月6日に予定通り、全面意見広告を掲載したという報告の葉書が届いた。
実に配慮の行き届いた運動団体だと感じ入った。
その葉書に、報告書と広告コピーを全国配送するための大作業に人手が欲しいとの訴えがあった。
全員に配送するとは、私のように該当新聞を取っていないものには、これもとっても行き届いた配慮だと、またまた感じ入った。
作業日は昨日29日、日曜日で何も予定がなかったので、カミさんと連れ立ってお手伝いに行ってきた。
20坪ほどの狭い事務所に80名ぐらいはいたろうか。雨が降っていて外は涼しいのに、作業所は
人いきれで蒸し暑い。人一倍汗っかきの私には汗を流しながらの作業でした。
参加者はほとんど50から80代で、若い人は事務を取り仕切っている方々だけ(この人たちも勿論、賃金なしの事務員)。若者が多いのではないかと予想していたのだが、見事に裏切られた。
「おれの情勢判断は甘いなあ」とつくづく思った。中高年ががんばるほかないようだ。
いや,これはちょっと早まった判断だ。
急いで訂正しよう。若者が主体になっている運動もずいぶんたくさんあることを知って、感動したことがあるじゃないか。それぞれがそれぞれの場で、できることをやればよい。
この「市民意見広告運動」の推進母体は「市民の意見30の会」と言う。恥ずかしながら、この市民運動の会を私は知らなかった。インターネットで調べたが、1987年から、息の長い活躍をしている。頼もしく信頼できる会であることを知った。
(2)
繰り返しになるが、もう一度「バカ」の定義。
噴飯ものの詭弁、権力を笠に着た傲慢な強弁、片頬を歪めてシニカルに冷笑している差別意識。
それを恬として恥じない醜く歪んだ自分の心の形にまるで気づかず、自分を偉い人間だと思い込ん
でいるらしい者を、私は「バカ」と呼ぶ。権力や財力を笠に着た抑圧者を罵倒するのは、被抑圧者の権利であり義務であると、私は思っている。もっとも罵倒しているだけでは何も解決しないけどね。
「三バカ大将」というのは、「超バカ」に贈る称号のようなもので、何人いても「三バカ大将」。
これでいいのだ、とバカボンのパパは言っている。
そこで、石原・小泉・渡辺・三浦・江崎に続いて、6人目の「三バカ大将」の登場。
一昨日の朝日新聞の1面トップ記事は「小学生 校内暴力1600件」だった。まず、トップ記事にするようなニュースかね、と思った。
一面で報ずべき問題が山積してるのはずだ。
つぎに、バカな政治家や有識者とやらがまたぞろ、ピンとはずれなコメントを出すんだろうなと思った。
今回の有識者コメントは「今回の結果だけで、小学生が凶暴化していると考えるのは早計で、さらに掘り下げて調べる必要がある。」(大学教授・森田洋司)と、ごくまっとうなものだった。他面の関連記事も同様な論旨で冷静なものだった。
しかし、この記事で思い出したことがあった。
「教育基本法では個人の尊厳が強調されている。日教組の教育とあいまって、個人の尊厳が行き過ぎて教室破壊が起こり、生徒同士が殺し合いをする荒廃した状況になっている。」
自民党国会議員・平沼赳夫の、小学6年生の少女による同級生殺人事件に対しての発言だ。もし上記の記事について平沼にコメントを求めたら、待ってましたとばかりに、ほとんど同じ発言になることだろう。
人と人との関係はそれほど単純じゃないが、「個人の尊厳」の思想が遍く行き渡っていけば、人を陥れたり、傷つけたり、殺したりなどの事件が無くなっていくいうのが論理の筋だろう。それに、何が今さら「日教組」なのだ。日教組はもうとっくに、体制の補完物じゃないか。(これには多くの異論が予想されるが、私はそう認識している。)私には「日教組の教育」と言うのがどんな教育なのか、さっぱり分からない。そんなものあるのかね。
まったく支離滅裂なこんな滅茶苦茶なことを恥も外聞もなく言ってのける破廉恥漢が得意顔にのさばっている。この男、前の経済産業大臣だそうだが、こういう単細胞が政治家の大半を占めている。あきれてあいた口が塞がらない。
いや、あるいは私たちが考える以上に彼らはずる賢いのかも知れない。
支離滅裂は承知の上で、計算ずくで発言しているのかもしれない。ただ単に「教育基本法」
をくさすための発言なのだ。お粗末であっても「教育基本法」改悪の正当性の主張なのだろう。
お粗末な耳目に入りやすい発言を繰り返しながら、同じく単細胞で権力に従順な草の根保守主義者を取
り込んでいく。単細胞権力従順保守主義者にはいまだに「共産党」や「日教組」は脅威で、「共産党」や「日教組」に対する批判を盛り込んだ政治的言説には、無批判に条件反射的に取り込まれるほどに支配者の思想を刷り込まれている。自民党の支持基盤を維持する重要な一要素になっている。
これも、「銀行型教育」の成果の一つだ。あれ? 本道に戻っちゃった。
17. 課題提起型教育
2004年8月31日
「銀行型教育」が排除し、疎外しようとしているものを知れば、
どんな教育が「よい教育」なのか、自ずと見えてくるだろう。
前回の引用で下線を付した部分を再度抜き出してみる。
「より豊かな人間になるという存在論的使命」
「世界の変革者として世界に介在することから生まれるかれらの批判意識」
「批判能力を喚起し、現実についての断片的見解には満足せず、
点と点、問題と問題を相互につなぐ絆をつねに探究しょうとする教育」
教育の目的は、「国家・社会の従順な成員」の育成ではなく、
教師と生徒がともどもに、より豊かな人間になることである。
そのための教育方針は、出来るだけ多く貯金を蓄えることではなく、
世界の変革者として世界に介在するため批判能力を涵養することである。
そしてその教育方法は、現実についての断片的見解や事実の一方的伝達
ではなく、点と点、問題と問題を相互につなぐ絆を、
教師と生徒との対話によって探究していくようなものでなければならない。
このような「銀行型教育」と対立する教育を、フレイレは「課題提起教育」と
呼んでいる。
「銀行型教育」と「課題提起教育」とを対比しながら、「課題提起教育」の
本質を浮かび上がらせている部分を引用する。
「銀行型概念は、何もかも二分する傾向をもっているが、教育者の行動につい
ても二段階に区別する。第一段階では、かれは自分の研究室や実験室で授業の
準備をしながら、認識対象を認識する。第二段階では、その対象を生徒に逐
一説明する。生徒はそれを知ることを求められるのではなく、教師によって
一方的に語りかけられる内容を暗記することを要求される。生徒は認識行為
といえるようなことは、何ひとつ行ってはいない。なぜなら、その行為が向
けられるべき対象は、教師の私有物であって、教師と生徒の両方に批判的省察
をうながす媒体ではないからである。
だから私たちは、文化と知識の保存の名目のもとに、実は私たちが真の知識
にも文化にも到達できないシステムをもっているということになる。
課題提起の方法は、教師−生徒の活動を二分することはない。つまり、かれ
がある時点では認識し、別の時点では一方的に語りかけるということはない。
教育計画を準備していようと生徒との対話に取り組んでいようと、かれはつね
に認識している。
かれは認識対象を自分の私有物とはみなさないで、自分自身と生徒による省察
の対象と考えるのである。」
「課題提起型教育者の任務は、臆見doxaのレヴェルにある知識が、理性logos
のレヴェルにある真の知識によってとってかえられるための条件を、
生徒とともに創造することにある。銀行型教育が創造力を麻痺させ抑制す
るのにたいして、課題提起教育は現実のヴェ−ルをたえずはぎとるはたらきを
もっている。」
「銀行型教育は意識を埋没状態におこうとし、課題提起教育は意識の出現
と現実への批判的介在に向かって努力する。」
「自由の実践としての教育は、支配の実践としての教育とは反対に、
人間が抽象的存在で、世界から孤立し、独立し、切り離されているという考え
を認めない。それはまた、世界が人間とはかけ離れた実在であるという考
えも拒否する。
真の省察が認めるのは、抽象的人間や人間不在の世界ではなく、
世界との関係にある人間だけである。この関係のなかで、意識と世界は
同時に存在する。意識は世界に先行するのでもなければ、そのあとにし
たがうものでもない。」
18. 私が穿ってきたささやかな孔---授業編
2004年9月1日
私の教師生活は、始めの十数年は無自覚な銀行員教師のノホホン世界であり、その後は銀行員教師から
抜け出ようと悪戦苦闘する冷や汗生活だった。そして結局は、情けないけど、
自覚しながらも中途半端な半銀行員教師で終わったといったところだろうか。
後半分は、銀行型教育からの脱却という方向性をもって言ったりやったりしてきたので、
たいていの問題で銀行員教師とのぶつかり合いになった。
成果はあんまりなく、いつも「ごく少数派」ときには「ひとり派」だった。
他者に受け入れられないのは過激にすぎたためだろうか。最後の赴任校では
、いくぶん親しみと揶揄を込めてのレッテルだと思うが、私のことを「中年過激派」
と呼んでいる人がいた。
教師時代、私は自分がやっていることを、たびたび同僚たちに公開(いわゆる実践報告)してきた。
あえて恥をさらすのは、一人でも同行者が得られればと
願えばこそなのだが、あるとき「自慢したがっている。」という評をされ、
がっかりしたことがある。自慢するほどのものではないことを、本人が一番よく
知っているいるのにね。
そんな実績?をもった代物だけど、何らかの参考にでもなればと、
再び恥をかくことにした。
退職時にまとめた文に加筆訂正を加えて掲載する。
教師になって2年目、初めて担任をしたクラスで生徒を一人亡くした。大変なショックだった。
そして自問した。この生徒にとって私の授業は何だったのだろうか。
ごたぶんにもれず私には学校や授業については深く考えたこともなく、
私の授業はなによりもまずよりよい進学やよりよい就職のためのものだった。
だとすると、進学や就職の機会を持たなかったこの生徒にとって私の授業
は無駄なものだったといえないか。授業はこの生徒にも意義があるような
ものでなくてはいけないのではないか。
教師になって11年目、都会から離れたくなって、三宅島の高校に転勤した。
島で唯一の高校だから、中学卒業生のほとんど全員が入学してくる。中には分数の計算ができない生徒がいた。
九九が全部言えない生徒がいた。ときには繰り上がり繰り下がりの足し算引
き算ができない生徒もいた。
選別された生徒を相手に上手にやってきたつもりの私の授業は、この生徒たち
には通用しなかった。
一体この生徒たちにとって私の授業は何だったのだろうか。
学校教育にかかわることを考えるとき、私はいつもこの二つの体験を反芻する。
授業についても、この生徒たちにとっても意義のあるような
授業を目指して工夫してきた。
授業書(授業用自作テキスト)
三宅高校でぶつかった壁が越えられず数年悶々とした日々を送った。
その頃、パウロ・フレイレの著書と出会い、自分が銀行員教師に過ぎな
いことを自覚した。そして同時に目指すべき方向を学んだ。
同じ頃、フレイレとの出会いに続いて、救いの手が、見計らったように、
重ねて差し伸べられてきた。
学校宛てに数学教育協議会(以下、数教協と略称)夏期大会の案内書
が送られてきた。
数教協の学校宛の案内は後にも先にもこれっきりだったから、
まるで誰かが私のために手を差し伸べてくれたみたいだ。
研究発表の題目を見ただけで、
おれが求めていたものはこれだ、と直観した。
その種の研究会についぞ出たことのない私が
飛んでいった。
そこにまたうれしい偶然が待っていた。
まだ新米教師の頃、官製の数学教育研究会の下働きに狩り出された事がある。
官製の研究会では文部省や都からの役人や校長などの所謂お偉方は別待遇で、もちろん部屋は別に
あつらえられる。発表される研究内容も銀行型教育の枠内にとどまり、何の新味も無くつまらない。
それ以来、一度も参加したことがない。
数教協が官製のお仕着せ研究会と違うすごい点の一つは、すべての幹部・役員を含めて、
部屋割りは申し込み順なのだ。なんと、私は故・遠山啓委員長と同室だった。
遠山先生の部屋にはつわものたちがたく
さん出入りして、ほとんど徹夜で示唆に富むお話を伺った。
「その教室の中で最もできない生徒にとって楽しい授業は、もっともできる生徒にとっても
本質的なよい授業である。」と遠山さんはいう。障害者教育の実践を通して得た見識である。
これも授業作りをするときの大事な指針となった。
研究発表の内容も官製のそれとはまるで質が違う。数教協で発表される研究内容は
銀行型教育のその枠を大きくはみ出でいる。
数教協では、具体物(現実の世界)と抽象物(数学の世界)を仲立ちをする
半具体物(教具・教材)を「シェーマ」と呼んでいる。数教協の諸実践の中
で特にこのシェーマの研究に私はびっくりした。抽象度の高い高校の数学でも有効な
教具が可能なのだ。
課題提起教育というとすぐに思い出すのは理科の仮説実験授業だが、その大会で
その授業にも出会った。仮説実験授業もすごい。誰がどこでやってもよい授業になるような
「授業書」と呼ばれる授業用プリント教材が開発されている。
チョークだけを持って教室に臨んでいた私の授業が一変した。
私は仮説実験授業の授業書をまねて、すべての授業を
プリントでやることにした。ほんの真似事に過ぎないが、やはり「授業書」
と呼ぶことにした。できるだけ黒板を使わないための方便でもあり、
教師のほうを見る暇もないほどせっせと黒板を写す苦行から生徒を
解放する意味もある。
授業書には、導入部分や最後のまとめの問題で、できるだけ現実の世界に
関連したものを取り入れた。数学の歴史の話も盛り込んだ。また、不器用な私にも
簡単に作れるような教具はそれを用意した。これらは数教協の
研究成果を大いに利用した。
授業の最後には必ず授業についての感想文を、生徒全員に書いてもらい、
授業書の改良に資した。
よくテストのときに感想文を要求する教師がいるが、あれはダメだ。
役に立つ感想文を書いてもらうには、無記名で、十分な時間を与えな
ければいけない。
さて、授業書による授業を生徒はどう受け止めたか。
授業の評価は生徒にしてもらうにしくはない。
「とてもよい授業方法だと思った。ただ問題の解説だけをし、それをノートに写すだけという
予備校のような授業方法が多い昨今、ノートを取るという作業から解放し、プリント形式にし
て書き込みながら理解し、そして演習し、それから教科書の問題を解く。こういう流れは作業
というよりも学習という授業本来のあり方の一つではないかと思う。」
「先生の授業は数学の苦手な人、嫌いな人にとっては大いに感激すべきものだったと思う。
結局先生はできる人のための授業よりも、できない人のための授業を中心にしてくれていたと思う。
とっても面白く役に立つ授業でした。先生の授業がいつまでもできる人よりできない人の
ためにあってほしいと願っています。」
「はっきり言って最初はびっくりしました。一番最初の授業が足の水虫の問題から始まった
からです。でもこのようなみんなの気を引くような問題文になっていたのでとてもやりやす
かったです。1週間に5時間も数学の授業があるなんて、と思ったけれど、授業中に笑いが
あったので、とても楽しかったです。」
「問題の文も楽しくて印象深かったです。あと、問題ではなくて、歴史と言うか読み物的な
文章が好きでした。」
「他のクラスの子の話を聞いたりすると、なぜこうなるのかがわからない
(例えばlogとかは解き方はわかるけど一体なんなのか?)という人がよくいるけど、
そういうことも、実際日常のことなどをつかって教えてもらったのですんなりと理解
できて本当に良かった。」
19. 私が穿ってきたささやかな孔---評価編
2004年9月2日
履修主義
評価を問題にするとき、議論の混迷を避けるために、あらかじめ明らかにし
ておくべきことが二つある。
一つは、 「教育」
と「学習」を区別して論じること。(ただ単に「教育」と言う場合、私は銀行型教育の対極にある教育を念頭においている。)
授業において、学習は教育の一部分であり、教育そのものではない。
むしろ教育の一つの手段あるいは一つの機会であるというべきか。
教育は、教材を仲立ちにして行われる教師と生徒の
対話による交流であり、学習はその教材を習得するための営為で、
教師の援助を必要とするとしても、どちらかと言うと生徒が一人で
行うものだろう。特に、英語の単語を暗記するとか数学の問題を
反復練習して計算力をつけるとかいった習熟のための学習は
一人でこつこつやるほかない。それは自己教育とは言えるが、
教師と生徒の対話による交流と言う意味での教育ではない。
もう一つは、「評価」と「評定」をはっきりと区別すること。
人間の営為には常に評価は付きものだし、時にはとても重要だ。評価は次の
ステップのためのスプリング・ボードだ。
しかし評定は必ずしも必要としない。数値であろうと記号であろうと、それは
いろいろ大事なものをそぎ落とした上でのある一面でのランク付けに過ぎない。
私は教育では、評価はきちんとしなければならないが、
評定は無用というより、してはいけないと思っている。例えば、私は「文化祭」のような行事を
、学校教育での最も優れた教育の場面の一つと思うが、文化祭での生
徒の営為を点数化しようなどと言う人は恐らくいないだろう。
ただし、学習の結果は大きな目安としてなら数値化はできるし、生徒
への動機付けや励ましになるだろう。しかし残念なことに、銀行員教師は
この数値を、ともすると生徒への烙印付けや意欲削減のために使ってしまう。
成績評定や進級・卒業規定は「銀行型教育」の存続を保証し、
銀行員教師を強固に守っている砦になっている。銀行員教師に批判や疑問や反感を
持つ生徒も、この砦の前では屈服せざるを得なくなる。
吉本隆明という詩人・思想家は、生徒の側の位置から「学校なんて、
目をつぶってでも通過しちゃえばいいんだ」なんていうことを言っている。
元教師としてはちょっとしゃくにさわるけど、
学校が「銀行型教育」を実施している限りはこう言われても仕方ないか。
でも、ちょっとしゃくにさわっている元教師は、教師の側の位置から
「学校なんて、目をつぶって全員進級・卒業させちゃえばいいんだ」と言っていた。
現在の学校では、学校の規定から進級・卒業基準を削除することは出来ないから、
せめて出来るだけ緩やかな基準にするように、ことあるごとに主張してきた。
出来るだけ厳しくしろと言うほうがたいてい優勢だった。彼らのその理由は、
厳しくしないと生徒は手を抜くとか、授業が軽視されるとか言うよう
なものだった。生徒の側に立ったつもりの発言では、大学入試や就職試験の
ときに不利になるとか、全国的なレベル維持が必要とかいったものだ。
典型的な銀行員教師だね。
学校の規定が変更不能でも、進級や卒業の可否を判定するときの元になる
教科目の評定の権限は、幸いなことに今のところ個々の教師の掌中にある。
この権限を大いに活用しよう。
評定の権限を個々の教師の手から奪うことになりかねないから、
教科全体での評定の基準や共通テストに反対だ。
何しろ私の単位認定の基準は、「授業を放棄しない
(出席時数がクリアできている)限り、どんなにテストの点数が悪くても
単位不認定はしない」だから。
進級・卒業の可否を判定するときの元になる教科目の評定のまた元になる
のがテスト。
テストはもともと評価のため、特に教師自身の授業評価のためにある。
これをすっかり忘れてしまって、生徒の評定のためとしか思っていない教師
が多い。
本当は自分の授業が如何にダメなのかを証明しているのに、平均点の極端に低い
テストをしたり、成績不認定者をたくさん出して、生徒の不勉強や無能力を
嘆いて見せる教師もいる。
全員に強制的に履修させる科目の場合、大学受験のための力をつけるという
ような機能的な目的が第1の目的であってはならない。
それは選択科目でみっちりやればよい。
全員履修の科目では、何よりも数学の面白さ、楽しさが共有できればよい。
あるいは、数学の授業を仲立ちに、たまたま出会った生徒たちと、
わずかな時間ではあるが、充実した時間を共有できればよい。
そのためにこそできるだけ楽しく分かる授業を目指している。
「分かる」と「できる」は別のことだ。もちろん出来るようになれば、
それにこしたことはないが、数学ができるようにならなくともよい。
分かればよい。例えば、数学は公式を覚て計算する教科と思い込ま
されている生徒の数学観がいくらかでも覆えればよい。数学って面白
いものなんだなあ、と思えるようになればさらによい。いや、
とうとう分からなくとも一向にかまない。
数学の授業を通してひと時を共に生きた、これでよい。
これが「この(亡くなった)生徒にとって私の授業は何だったのだろうか。
授業はこの生徒にも意義があるようなものでなくてはいけないのではないか。」
という自問に対する私の自答だ。
授業をこのようなものと考えるならば、この教師と生徒による営みを
点数化して、進級や卒業の資料に供する必要はまったくないことになる。
それどころか、教育と言う営みの点数化は、
生徒と教師共々の非人間化行為ではないか。
今の学校制度ではどうしても評定をせざるを得ない。私が評定をどうして
きたかと言うと、点数化できるのはテストの結果だけと割り切って、
評定にはほかの要素は一切加えない。一区切りごとに頻繁に基礎問題
だけの小テストを行う。合格点に達していない場合は追テストをする。
追テストでも合格しない場合は、一緒に対話をしながら問題を解いて、理解や
不理解の内実を詳しく調べる機会にする。それで合格とする。
定期テストは、多少はレベルの高い問題で行うが、零点でも一向に構わない。
ともかく授業を放棄しない限り単位を認定する。
評定(点数化)の仕方と、単位認定の条件を授業の始めにはっきりと
説明をして、生徒との共通理解とする。
私は武器を捨てたことを宣言した。生徒は非武装の私にいくらか心を開く。
生徒も私も一つの重苦しい問題から解放されて、授業が楽しくなる。
「授業を放棄しない限り単位を認定する」評価方針を、私は履修主義と
呼んでいる。
これには法的な根拠もある。法律を論拠に議論をすることを私は好まないが、
ほとんど考慮されることがないので、取り上げてみる。なかなか良いことを
いっているのだ。
学校教育法施行規則第26条
児童が心身の状況によって履修することが困難な各教科は、
その児童の心身の状況に適合するように課さなければならない。
(私の教科書を使わない授業が保障されている)
同第27条
小学校において、各学年の課程の修了または卒業を認めるに当たっては
児童の平素の成績を評価してこれを定めなければならない。
(評定しろとは言っていない。評価しろといっている。)
同第28条
校長は小学校の全課程を修了したと認めたものには卒業証書を
授与しなければならない。
(これは余分ごと。本当は卒業証書など不要じゃないの、
と私は思っている。)
同第65条
(前略)第26条から第28条まで(中略)の規定は高等学校にこれを準用する。
履修した科目に対して試験の上単位を与えると規定されているのは
大学のみである。(大学設置基準法第31条)従って、第28条にいう「修了」
とはいわゆる「修得」のことではなく「履修」のことである。また第27条
にいう「平素の成績」が「テストの点数」ではないことは論を待たない。
さて、私の履修主義にもとづく対応を生徒はどう受け止めているだろうか。
次の感想文を書いた生徒たちは私以外の担当者なら、多分単位不認定になった
だろうと思われる生徒だ。
「2年間本当にどうしようもない生徒でしたが、見捨てずにおつきあい下さいまして、
どうもありがとうございました。高校の数学はやはり難しい。しかも2年生
になると、1年の時よりさらにスピードがはやくなり、途中ついていけなくなり、
授業中寝ていたり、テストで0点を取ったりしたけれど、それでも長い目で見捨
てずにいてくれた先生に感謝したいです。」
「先生の授業は(私はバカなので)その時すぐに理解できなくても、
プリントをみなおせばとてもよく理解できました。テストで赤点をとっても
追試で助けていただきました。そのため”裏切れない”と思い、
他の科目よりはテスト前の勉強したつもりです。」
「ただ問題を解くスピードが(私にとって)ものすごく早かったので、
なかなかついていけなくて何回か追試を受けるはめになってしまった。
普段出される宿題はよく分からないからあまり出来ないけど、追試の
宿題はわからないといっていられないので、必死にやりました。
そうしてやっとわかるようになったところもあるので、追試があるのは
ありがたいなあと思いました。」
「私は数学が嫌いなので、ついつい授業中に寝てたり、聞いてなっかたりします。
それは中学校からのことです。先生の声は低くて大きいので、眠くなっ
てしまいますが、
ちゃんと聞けばわかるような気もします。気もするというのは私はやっぱり
授業を理解
できなかったからです。私はこれで数学とは永久にお別れです。
ようやく解放されます。
数学は大嫌いですが、今まであった数学の先生の中で仁平先生が一番
わかりやすかったし
楽しかったです。そして私は先生の授業より先生の追試が好きでした。」
この最後の生徒はとうとう小テストでも合格点を取ることがなかった。
しかし、私と一番多く対話した生徒かもしれない。
数学の授業が、多分とてもつらかったことだろう。授業に参加しない
あるいは参加できない生徒がいると私もたいへんつらい。
でも最後には楽しかったと言ってくれて、私を癒してくれる。とてもやさしい生徒だと思う。
石原や三浦や江崎には、こうした生徒の方が、人間性において、お前らより、くらべもの
にならないくらい優れていることを、ついに理解できないだろう。
20. 「国家」について(1)
2004年9月3日
「国家の本質は共同的な幻想である。この共同的な幻想は、政治的国家と
社会的国家の二重性(二面性ではない)の錯合した構造としてあらわれる。」
(吉本隆明「自立の思想的拠点」所収「情況とは何かW」より)
私はよく、卒業式や入学式での「君が代日の丸の強制」に反対する人
に「君が代・日の丸ではない国歌・国旗ならいいんですか。」と問いかける。
「君が代日の丸」の代わりの国家・国旗を作ることを問題解決の一つの
方法と考えている人たちは肯定的に答えるだろう。
しかしたいていの人は、戸惑ってしまって答えに窮するようだ。はっきりと
「君が代・日の丸ではない国歌・国旗でもだめだ。」と答える人に出会っ
たことがない。
この問はたぶん、「国家とは何か」と言う問と同義であると私は
思っている。
「12. 十年前の高校生の意識」で紹介した生徒たちの意見の特徴の一つは、
「君が代」に対する拒否感はかなり強いが、「日の丸」は結構受け入れられている
ことだ。オリンピックやサッカーの国際試合などのスポーツか
ら受ける感動と強く結びついて、その限りでは好ましいもののようだ。
しかし一方で、卒業式などに現れる日の丸はなんとなくうさんくさいぞ、
と言う感覚もあるのだろう。日の丸は否定しないが、卒業式に日の丸を
掲揚することには反対だという生徒が多い。
この二つに裂かれた感情・感覚の根拠を掘り下げていくと、ここでもまたたぶん、
「国家とは何か」という問いに突き当たる。
道路を整備したり橋を架けたり学校を建てたりなど公共の事業を遂行したり、
国民の財産・生命の安全を図ったり、福祉を増進したり、景気対策を遂行したり
などなどの社会・経済的な役割を果たす国家を社会的国家と呼ぶ。
相互扶助を旨とする村落共同体が発展してきたものと言える。
これに対して国民を支配し抑圧する国家、君が代・日の丸の強制のように
心の中まで支配しようとする国家(元号の強制で時間まで支配しようとし
ている。)を政治的国家と呼ぶ。歴史的に「宗教が法となり、法が国家となる」と言
うように展開してきた共同幻想としての国家である。
この二つの国家が二重に錯綜して一体となったもを普通国家と呼んでいる。
吉本氏はわざわざ「二面性ではない」と注意している。国家の本質としては「社会的国家」
に「政治的国家」が覆い被さると言うところか。
しかし実際に私たちが相対する国家を考えるときは、
たとえばこんなイメージで理解したらどうだろうか。ギリシャ神話の
二つの顔を持ったヤヌスのイメージ。
例えば、お巡りさん。やさしくて親切で頼もしい街のお巡りさん
(最近そうでもないお巡りさんが増えているけど)は公僕であり、国民に社会的
国家の顔を向けている。
それがくっると首を一回りさせると、反政府や反戦のデモの行列に
嫌がらせのような規制をかけたり、時には棍棒を振るって襲い掛かる。
国家権力の番犬として、国民に政治的国家の顔をまざまざと見せ付ける。
生徒・父母から見たとき、教師も二つの顔を持ったヤヌスだと私は思う。
果たしてこのことを自覚している教師はどのくらいいるだろうか。
政治的国家の番犬・代弁者のような言行を無自覚にしている教師
にずいぶん出会ってきた。いや無自覚どころか、政治的国家に奉仕
するのが教師の役割だと思っているらしい教師は結構多い。
この二つの国家は二重に分かちがたく錯綜しているので国家に
関かわる問題の議論もいろいろと錯綜することになる。
この二重に錯綜した国家そのものは真っ二つに腑分けすることは出来ないが、
国家に関かわる個々の問題については、社会的国家と政治的国家に腑分けして
考えることは、とても有効だと私は思う。
例えば「日の丸」に適用してみる。
国歌・国旗は国家の象徴だから、当然、政治的国家と社会的国家の二重の
役割を担っている。国際航路の船舶が掲げている日の丸や、航空機の
機体に描かれた日の丸は社会的国家の役割を果たしており、ほとんどの人は
不快感を感じないだろう。
本来なくてもよいところに現れる日の丸は、国家権力の要請で強制されたもの
で、政治的国家の象徴となっているとみなしてまず間違いない。
天皇を歓迎するために小学生に強制的に
持たせる日の丸。学校の入学式や卒業式に掲示される日の丸。
スポーツの開会式の日の丸。国家権力間の国際儀礼での日の丸。
「君が代」に適用するとどうか。
君が代が社会的国家の象徴として使われる場面を、私は想像することがで
きない。君が代は言葉の意味が示すところ、政治的国家の象徴以外の
なにものでもない。多くの生徒が嫌悪感を示すのは当然である。
生徒たちの二つに裂かれた感情・感覚の根拠は、日の丸が政治的国家
の象徴と社会的国家の象徴という二重の役割を担っていることにある。
どの国家も教育(学校)を政治的国家の最も有効で忠実な布教者とし
て利用しようとする。教育は政治的国家からは常に相対的に独立していな
ければいけない。「君が代・日の丸ではない国歌・国旗」だって、
政治的国家を象徴する限り拒否すべき対象だ。