1. 教育反動の足跡 2004年8月15日

 「国家権力にとって教育とは、大衆支配の基本的かつ有効な 統御装置であり、 そのためにこそ、権力側は教育の管理権の可及権を絶えず拡大させようと 、意図的に 問題を惹起しては、反権力側と確執をを持つのである。当時の国家権力は それを <天皇>の名において<教育勅語>という錦旗を押し立てて、 極めて暴力的に教育権 そのものまでも収斂せしめたのである(中略)
  現在の権力も また例外ではない。 権力側によって強力に恣意的に歪曲された民主主義の名に於いて、 中正・公正教育な る錦 旗を押し立て、国定さながらの教科書検定を行い、七一年六月中教審答申 に見られる 職務職階制導入による教職員の隷属管理化、そして教職員の政治活動禁止と 、まさに太 平洋戦争前夜を思わせるような状況を作り、なお進行しつつある。やがて、これは学校 教育の問題に限らず、教育に関連する全ての分野へ波及することは明らかである。 したがって、教育の開題を、教育本来を捉える概念だけで見るわけにはいかない。 検定を通過した教科書から、原爆の写真が抹消され、戦争の悲惨を訴える描写が削 除され、平和憲法の解説がなおざりになり、戦争責任の韜晦がなされ、反面、皇室 に関する記事がふえ、歴史上の忠君の武将が登場し、国益、公益なるものの強調が 始まったことの意図するものがなんてあるかを予知せねばならない。これは極めて 危険かつ、重大なのだ。権力側の意図するものが、かなり露骨になって来ていると いえるだろう。」
(中山 恒「ボクラ少国民」より)

  山中恒氏の「ボクラ少国民」は1974年に出版されている。ちょうど今から30年前である。 鋭い警鐘を打ち鳴らす人は中山氏のみではなく、事あるごとにさまざまな人が同様な発言をし続けて きているが、それらの警鐘に応える抵抗の大きなうねりは被支配者の側にはついになく、自由と民主 を僭称する政党を中心とする支配者側は少しずつだが、狡猾にかつ着実に時代錯誤とも言えるよこし まな目論見を実現し続けてきた。とうとう厚かましくも心の中に土足で踏み込むように 「君が代・日の丸の強制」を打ち出してきた。そして憲法改悪を目論む勢力が大手をふっての し歩くまでになってしまった。その憲法改悪を米国が催促している。政治評論家・森田実氏 のホームページ「MORITA RESEARCH INSTITTUTE CO.LTD(http://www.pluto.dtine.jp/~mor97512/)」によると、アメリカの狙いは、 憲法を改正して徴兵制を国民の義務にすることだという。「押付け憲法」を憲法改悪の 理由の一つとする連中がその米国の意を改悪憲法に組み込もうとしている。これじゃまるで 日本は米国の属国じゃないか。


2. <4点セット>は不可分なもの 2004年8月16日

「<日の丸・君が代・教育勅語・靖国神社>は天皇制ファシストたちによってパックされた一連の理念の象徴であると同時に、一切の民主主義、社会主義、自由主義などの否定の上に成立する「臣民の道」として、天皇制ファシズム下の日本帝国臣民であるならば、何人といえども外れることの許されない関門であったことは、既に歴史的な事実なのである。
 その民主主義等の否定の上にしか成立しないはずのものであるにも拘らず、そうしたものを国家の名に於いて、ひとつひとつ復権し、権力の裏付けで国民に押し付けようと目論む者が、民主主義を標榜する国の権力中枢に在るということ自体、甚だ奇怪なことといわざるを得ない。」
(中山 恒「ボクラ少国民」より)

 (十数年前、学習指導要領に「君が代・日の丸」の義務付けが盛り込まれたとき、次のような文を書いて、職場で配った。)

 スイスやアメリカの学校では始業式はなく、ただちにその日から授業が始まる。そして年度の始業の日は、「いろとりどりの個性が開花へ向かう営みの始まり」にふさわしい行事、「知や情を刺激し」これからの学校生活への期待と希望をふくらませるような行事が工夫されているという。生徒も教師もさまざまな個性・感性を持った人間としてふるまえる始まりである。

  それにひきかえ、半世紀ほど前のわが国民学校の教育は次のように始まった。かっての少国民・山中氏は述懐する。「入学して私達1年生が最初に教えられたことは・・・敬礼だった。最敬礼だった。まず門をくぐったら、まっさきに奉安殿にむかって最敬礼することだった。そして次に、日の丸に対して、直立不動の姿勢をとってから、赤心こめて敬礼することであった。」 少国民錬成が入学と同時に始まるのだ。国家の忠実な一員、忠良なる臣民になるための心身の修養の開始なのだった。

  今の私たちの学校の儀式も褒められたものではない。「一同、礼」で始まり、「一同、礼」で終る。首尾一貫して、ただただ緊張ばかりを強いる。新入生や卒業生が主人公とはたてまえばかりで、半世紀前のままではないか。あと「君が代・日の丸」があればもうほとんど半世紀前と同じである。形式ばかりの事大主義が得意顔で号令をしている。

 <日の丸・君が代・教育勅語・靖国神社>は不可分の4点セット。教育勅語が昔のまま復活することはないとしても、その思想はすでに教育基本法に敵対して、大きい顔をしている。「君が代はよくないが日の丸はよいのではないの」なんていう人がいるが、そんな考えは誰よりも天皇教推進派が認めない。4点揃わなければ意味がないのだ。

 ところでこんなつまらぬ人権抑圧的儀式の形はいつごろできたのだろうか。
 学校教育での儀式ははじめは天皇家の祝祭日だけであった。始業式や入学式は、もともとは式ではなく、単なる授業はじめであり学校開きであった。卒業式もただの卒業証書授与であった。天皇制国家の下、臣民教育を秩序だてるために新しい「礼法」「礼式」が必要と、その形をつくり始めたのは森有礼。1889年に、「生徒児童の徳を強化」する目的で礼式のための「訓令案」をつくる。礼の仕方まで事細かに規定している。これがそのまま学校生徒礼式として採用される。明治の終り頃には学校教育の中の儀式が完全に定着する。
いま広く無自覚に継承されいる卒業式の式次第や恭しく証書を受け取る形式は、日清戦争以後1894・5年頃に確立し、祝祭日の儀式と並び最大の式となる。
 学校行事の式次第や礼の仕方、はては参列者の並び方までを行政権力がこと細かに決めるなど、古今東西例があるまい。


これを書いたとき、「君が代・日の丸」強制の締め付けはより過酷になってくるだろうと予想はしいたが、まさか再び「式次第や礼の仕方、はては参列者の並び方までを行政権力がこと細かに決める」ような時代錯誤な愚行が行われるとは思っていなかった。
 実際に行われた卒業式の場ではさらにおまけがある。教頭が教師たちの後ろで本当に歌っているかどうか監視したとか、来賓として参列していた都会議員が起立しない生徒たちに大声で「立ちなさい」と恫喝したとか。

 都教育委員会の通達の内容を知ったとき激しい憤りとともに、まず出てきた感想は「恥知らずなバカどもだ」だった。

 噴飯ものの詭弁、権力を笠に着た傲慢な強弁、片頬を歪めてシニカルに冷笑している差別意識。それを恬として恥じない醜く歪んだ自分の心の形にまるで気づかず、自分を偉い人間だと思い込んでいるらしい者を、私はバカと呼ぶ。権力や財力が大きくなるほどにバカになるようだ。

 イラクに大量破壊兵器はなかったことが判明すると「見つからないからと言って、フセインがいないとは言えない」とか、独善的で憲法違反の通達を一方的に出しておいて「先生には、国が決めたことを順守して、それを教育の一つの事例として子供に伝える責任があるわけでしょう」とか、選手会が話し合いたいと言うと「無礼なことを言うな。分をわきまえなきゃいかんよ。たかが選手が」とか。まるで「三バカ大将」だ。 

3. 抑圧者の正体 2004年8月17日

 抑圧者にとっては、自分たちだけが人間であり、他者は物にすぎない。また、かれらにとって、権利はひとつしかない。つまり、かれらが平和に暮すための権利(現体制を維持強化する権利-仁平注)である。それは、必ずしも承認されているわけではないのだが生きのびるためにあてがわれている被抑圧者の権利とは、まったく対照的なものである。かれらがこうした権利を被抑圧者にあてがう理由にしても、ただ被抑圧者の存在がかれらの存在に欠かせないからにすぎない。 (パウロ・フレイレ「被抑圧者の教育学」)

 パウロ・フレイレのいう「抑圧者(oppressors)」とは、私の用語で言えば、もちろん、「支配者」に他ならない。

 ところで次の文は誰の発言だと思いますか。

 「まず基本的なスタンスから述べたい。僕は自分の人生についていつも自由な人間でいたい。僕にとってそれしか価値のある生き方はない。(中略)自分の人生を束縛するものからは自分で守ろうと思う。今日の政治が手続きをすっ飛ばした全体主義的傾向にある温床も、こういう言葉狩りのような状況が作っていると思う。」 (斎藤貴男「非国民のすすめ」所収「差別主義者の無知」からの孫引き)

 「私は被支配者の一人であり、被支配者の側に立ち続ける」という私のスタンスからは、我が意を得たりと言いたい発言だが、なんと!!この発言者は衆議院議員時代の石原慎太郎なのだ。

  「自由」しか価値ある生き方はないと言いながら、教師や生徒の「自由」を扼殺しようとしている。手続きをすっ飛ばした「全体主義的政治」を憂慮する当人が手続きをすっ飛ばして「全体主義的政治」に猪突猛進している。

  彼の言う「自由」や「全体主義的政治」は、私たちが使うのとは意味が違うのだろうか。それとも彼は心にもないウソをついているのだろうか。
 彼は三浦朱門といい勝負の地に落ちた「腐れ文学者」だが、文学者には違いない。たぶん言葉が本来持つ意味で正しく使っていると信じよう。
 彼は他者の痛みや立場に無頓着に自分のあさましい思想心情を率直?に言葉にすることで負の大衆意識に取り入り票を集めたエセ政治家である。たぶんここでも思想心情を率直に語っていて、ウソはついていないと信じよう。

 彼にとっては「自分たちだけが人間であり、他者は物にすぎない。」のだ。それならばつじつまが合う。
 被抑圧者の自由や民主主義は、彼にとっては彼の自由を脅かす束縛であり、全体主義なのだ。

戦争は平和である
自由は屈従である
無恥は力である

(ジョージ・オーウェル「1984年」より)

   昨年の靖国神社参拝の折、記者の取材に答えて「俺にも俺の感情というものがある。 誰がなんと言おうと(靖国参拝は)やめない。」と言っている。
ここでも「尊重すべき感情」を持っているのは自分だけで、 他者のそれには一顧だにもしない。

 「君が代日の丸の強制」 を拒否する人たちはその理由を次のように言うといい。
  「私は自分の人生についていつも自由な人間でいたい。 私にとってそれしか価値のある生き方はない。 自分の人生を束縛するものからは自分で守ろうと思う。 また、私にも私の感情と言うものがある。誰がなんと言っても拒否し続ける 。これは偉大なる石原知事が認めざるを得ない理由なのだ。文句あるか。」

4. 「君が代日の丸」が「考えるな、服従せよ」と恫喝す る
 2004年8月18日

「プロレ(被抑圧者・・・仁平注)が強い政治的感受性を持つのは望ましいことではなかった。彼らに要求されるものといえば素朴な愛国心だけで、労働時間の延長や配給の削減を受諾させる必要が生じた場合には、その愛国心に訴えさえすればよかった。」 (ジョージ・オーゥエル「1984年」より)

 「1984年」はスターリン支配下のソ連に触発されて書かれた と言われているが、私はこの本を読みながら、これは日本国の近未来を 描いているのじゃないかという思いを禁じえなかった。目下進行中の 反動的支配者どもの暴走をこのまま許してしまえば「大日本帝国」より ひどい国家になりそうだ。

 いろいろなところで引用されている のでご存知の方が多いかと思うが、私も紹介しないではいられない文 がある。
 斎藤貴男著「機会不平等」にこんな発言が取り上げられて いる。

 「学力低下は予測し得る不安と言うか、覚悟しながら 教課審をやっとりました。いや、逆に平均学力が下がらないようでは、これか らの日本はどうにもならんということです。つまり、できん者はできんままで結構。 戦後50年、落ちこぼれの底辺を上げることにばかり 注いできた労力を、できる者を限りなくなく伸ばすことに振り向ける。百人に一人でいい、やがて彼らが国を引っ張っていきます。限りなくできない非才、無才には、せめて実直な精神だけを養っておいてもらえばいいのです。(中略)
それが゛ゆとり教育″の本当の目的。エリート教育とは言いにくい時代だから、回りくどく言っただけの話だ。」
(「ゆとり教育」についての著者の質問に対する三浦朱門・前教育課程審議会会長の回答)

 人間を貶めることで自分自身を非人間化していることに気づかない。差別意識でガチガチの鼻持ちならぬエリート。このような情けない「バカ」どもが権力の中枢を取り巻いている。

 三浦が期待している「実直な精神」とはどんな精神だ。「君が代日の丸」の押し付けが目指しているものだ。支配者の命令に唯々諾々と従う精神だ。「君が代日の丸」が「実直な精神」の鋳型だ。
儀式の度に繰り返し繰り返し教師・生徒に思い知らせる。「考えるな、だた服従せよ、愛国心だけをこころに刻み込め。」と。

 今阻止しなければ、「君が代日の丸の強制」はやがて儀式のときだけにとどまらないだろう。、実際に、日常的に校庭の「日の丸」に敬礼し、どこで何をしていようと、直立不動で「君が代」の放送を聞くことを強いている小学校が既にあると言う。

5. 「三バカ大将」に贈る四文字熟語
 2004年8月19日

 ミステリー小説や時代物小説を読むこを私は息抜きの楽しみのひとつにしている。
 山本周五郎の短編集を読んだ。小説を読んでいるときも、しばし「三バカ大将」を忘れるため読んでいるのに、意識の片隅の「三バカ大将」にとげとげがあるらしく、そこに引っかかる文言がある。

「なんて世の中だろう、ほんとうになんていう世の中だろうね。お上には学問もできるし頭のいい偉い人がたくさんいるんだろうに、去年の御改革から、こっち、大商人のほかはどこもかしこも不景気になるばかりで、このままいったら貧乏人はみんな餓死をするよりしようがないようなありさまじゃないか。」(「かあちゃん」より)

 これはもう小泉改革への批判のようじゃないか。
 小泉は景気は回復してきたと自画自賛しているが、儲かっているのはアメリカ系企業と一部の大企業で、その恩恵に浴しているのは国民の20%位に過ぎないと言う。地方の疲弊はひどく、失業者に職がなく、労働者は無賃金残業のやらされ放題。小泉がやっている改革が格差を拡大するばかりのものであることがいよいよ明らかになってきている。

もう一つ「日々平安」より。主人公が述懐する。

 「元来が私は政治などというものに興味はないんです、しよせん政治と悪徳とは付いてまわるし、そうでない例はないようですからね、しかしそれにしても国許の状態はひどい、まるでもうめちゃくちゃなんだ」

「もっとも悪いのは、かれらがその声を無視することです、家中にだって批判の声が起こつている、若い人間のなかにはしんけんに思い詰めている者も少なくないんだ、しかしかれらはそういう声をまったく無視して、私利私欲のために平然と政治を紊(みだ)っている」


 そしてこの悪徳一派を批評する四文字熟語が四度出てきた。その度に「ああ、三バカ大将のことだ」と思った。順に「無恥陋劣、悪徳非道、不義無道、品性劣等。」

遊び心が出てきて、「三バカ大将」に贈る四文字熟語を辞書から拾い出してみた。あるわあるわ。

厚顔無恥、傲岸不遜、奸佞邪智、人面獣心、頑迷固陋、頑迷不霊、無知蒙昧、人権蹂躙、腐敗堕落、無理無体、魑魅魍魎、異端邪説、
そしてとどめは言語道断。



6. 石原が恋い焦がれている「国家」
 2004年8月20日


「われわれは、君が後へ引き返しょうもない点まで叩きのめしてやる。たとえ君が千年生きられたとしても、元の状態には戻れない程のことが君の身に起こる。君は二度と再び普通の人間らしい感情を持てなくなるだろう。君の心の中にあるものはすべて死滅してしまうだろう。君ほ二度と再び人を愛し、友情を温め、生きる喜びを味わうことも出来まい、笑ったり、好奇心を抱いたり、あるいは勇気を奮い起こしたり、誠実であろうとすることも出来まい。君は抜け殻になってしまうのだ。空っぽになるまで君を絞り上げてやる、それからわれわれを、その跡に充填するのだ」(ジョージ・オーゥエル「1984年」より)

    同じことの繰り返しになるきらいがあるが、同じような口撃(変換ミスではありません。)が執拗に仕掛けられてくるのだから仕方ない。抑圧者らが仕掛けてくる口撃には一つ一つ反撃しておこう。

 またしても石原だ。「君が代日の丸強制」の意図を、石原は正直?に次のように述べている。

(記者の質問)処分を中心とした方針で、知事がいつも言う、例えば健全な愛国心を持つことなどが教職員の中に本来的な意味で浸透していくとお考えか
(石原の応答)  「やっぱり物事には形というのがあってね。 つまりその形というものを極める、踏襲するということもですね、剣道だってそうじやないですか。 やっぱり素振りを繰り返すことでね、その素振りが違う形の技になって生きてくるわけですからね。 私はやっぱりそういう繰り返しというものは一つのフォームとして必要だと思いますね」
(6月8日付朝日新聞のコラム記事「石原知事発言録」から)

 ここでも得意顔で詭弁を弄している。
 まっとうな良心に苦痛を強いる (精神的な拷問だ)ための欺式(これも変換ミスではありません。)の形式と、剣道の身体修練の ための形式と、まったく位相の違うものを同列に並べて論じる詭弁だ。 こんな見え透いた詭弁に感心して説得されるのは、はなから抑圧者側に揉み手をしながらする 寄っている連中だけだ。

 冒頭の引用は、国家への反抗者の身体や神経や脳に想像を絶するような残酷な拷問を仕掛けながら、拷問を取り仕切る政府高官が吐くセリフだ。これに石原のセリフを重ねるのは大げさすぎるだろうか。
 儀式を「欺式」にするためのお仕着せの形式(精神的な拷問)を押し付けて、それを繰り返し仕掛けて、何を企んでいるのか。石原は、教師や生徒の良心を空洞化した上でその跡に「健全な愛国心」を充填する、と言っているのだ。

 ところで、「健全な愛国心」てなんだ?中身を曖昧にしたまま、人々のさまざまな考えや思いを十把一からげして、言葉だけを一人歩きさせる。これも抑圧者がよく使う詐術だ。
 まず「国家」をどのように捉えるかが問題だ。その捉え方によって「健全」の意味もまったく違ってくる。

 天皇に靖国参拝を懇願している石原の「国家」は推して知るべしだ。ことあるごとに「北朝鮮」に憎悪や敵意や嘲笑を剥き出しにする石原の「国家」はなんともよく「北朝鮮」に似ているか。石原の「北朝鮮」への憎悪や敵意や嘲笑は、近親憎悪だ。要するに「目くそ鼻くそ」なのだ。どちらが「目くそ」で、どちらが「鼻くそ」かは詮索すまい。

 「国家」については項を改めて述べようと思う。


7. 「非才、無才」が反逆する
 2004年8月21日

 「人間の遺伝情報が解析され、持って生まれた能力がわかる時代になってきました。これからの教育では、そのことを認めるかどうかが大切になってくる。僕はアクセプト(許容)せざるを得ないと思う。自分でどうにもならないものは、そこに神の存在を考えるしかない。その上で、人間のできることをやっていく必要があるんです。
 ある種の能力の備わっていない者が、いくらやってもねえ。いずれは就学時に遺伝子検査を行い、それぞれの子供の遺伝情報に見合った教育をしていく形になっていきますよ。」
(斎藤貴男「機会不平等」より江崎玲於奈・教育改革国民会議座長の発言)

 江崎のこのナチス顔負けの選別思想には恐怖すら感じる。江崎はこのような思想をいつどのように 身に付けたのだろうか。江崎のように安易に遺伝などどは言うまい。ましてや神のせいになどに 出来るわけがない。難問にぶつかって、真正面から取り上げようとはせずに、 神で解決しようとはあきれた物理学者だ。

 また「ノーベル賞を取った日本人は私を含めてたった五人しかいない。過去のやり方がおかしかった証拠ですよ。」とも述べて、選別・切り捨て教育の論拠としている。
 ノーベル賞受賞がよっぽど自慢のようだが、ノーベル賞がなんぼのもんじゃい。ノーベル賞受賞者が少ないことがそんなに憂慮することかね。
 物理学での功績と、人間抑圧に精を出している今の活動との足し算をすれば、江崎の人類への功罪は大きくマイナスのほうに振れているじゃないか。
 同じノーベル物理学賞を受賞した湯川秀樹や朝永振一郎は、私の知る限りでは、社会や人間に対する理解も深く、滋味溢れた人間性豊かな方々だった。選別思想や優生学的思想などこれっぽちも持っていなかったろうし、難問にぶつかって神にすがるようなこともしなかっただろう。江崎は両氏の爪の垢でも煎じて飲んだらよかろう。

 さて、「限りなくできない非才、無才」や「ある種の能力の備わっていない者」がいることは事実だ。三浦や江崎の価値観から見れば、私はそういう者の一人だし、私の人生を豊かにしてくれている私の家族や友人や生徒たちも私の仲間たちだ。

 人はだれも、その創造力や思考力や洞察力や精神力や感性や体力や運動能力や、総じて人間性をどのように獲得するのだろうか。それを遺伝せいにしてしまう単細胞的な思考力の持ち主はそうめったにいないだろう。
 人は母の胎内に宿ったときから、それぞれの家庭環境や経済状況など環界の制約の下で、さまざまな人や事件や思想や芸術や自然と出会いながら、相互に影響を受けたり与えたりして成長してくる。もちろんその人となりの根幹には遺伝が大きな要素の一つとしてあることは論を待たない。それら人生のすべての総和として人の今がある。人の能力を、学科が出来るとか出来ないとかいうたかが学校の成績に矮小化したとしても、それはその総和の結果なのだ。
 だから「限りなくできない非才、無才」や「ある種の能力の備わっていない者」がいる社会的矛盾はそういう者を切り捨てることでは解決出来ないし、それは非人間的行為として、やってはいけないのだ。

 江崎は生まれながらにして抑圧者なのか。私は生まれながらにして被抑圧者なのか。
たとえ江崎のような恵まれた才能を持っていても、私が抑圧者の側には立たないことは確かだ。
人類が落ちいてしまった陥穽・「支配ー被支配」とい矛盾を神のせいにして他者を切り捨てることで糊塗しようとせずに、矛盾の原因を現実の歴史の中で考え、自他をともに現実の中に置いて現実の矛盾の中にその解決の糸口を見出そうとするのも確かだ。

  抑圧者・被抑圧者がともどもに、抑圧-被抑圧の関係の矛盾 (双方の非人間性)の真の克服(双方の人間性の回復)を課題とするような 生き方に思いも及ばない三浦や江崎のような者の人生の「総和」には致命的 に欠けているものがあるのだ。

 「確かな思考、つまり、 現実にかかわる思考は、孤立した象牙の塔のなかでではなく、交流のなかからだけ生まれる。」 (パウロ・フレイレ「被抑圧者の教育学」)

 彼らには、現実にかかわる確かな 思考に必要な交流、とりわけ被抑圧者との人間的交流がたりなかった。彼らの精神は限り なく貧しい。

8. ホームページ開設一週間記念号
 2004年8月22日

 毎日更新する自信がないので、タイトルを「不定期便」として始めました。それでも一週間続けられたのでホッとしているところです。今日は一週間記念日と言うことで一息入れて一杯やることにします。(実は毎日一息入れて飲んでます。)

 私は元来たいへんな怠け者なので、いったん妥協するとズルズルと駄目になっていきがちです。よほどの事情がない限り日刊を続けよう、自分に言い聞かせています。

 そのためにいろいろな刺激がほしいです。
 刺激の一つとして、「メールの輪」に期待しています。「メールの輪」の中で、私への批判や反論があったり、メール発信者相互の間で議論が起こったりするといいなあと思います。
 また直接「君が代日の丸」に関係ないことでも、職場での出来事(もしあなたが教員なら、校長や教頭の言動や職員会議の様子や生徒たちのことや同僚とのやり取りとか)や本の紹介やデモなどのイベントの情報などを交換できたらと思います。

 いま毎日、私が元気と刺激をもらっているサイトを紹介します。

 今年早々に友人から「澤藤藤一郎のジム局長日記」というサイトを教えてもらいました。以来毎朝、コンピューターを起動すると、まず「ジム局長日記」を読むのが私の日課の一つになっています。

  処分で脅し、スパイまがいの監視をつけた「君が代日の丸の強制」などというとんでもないことが行われているのに、ほとんどのマスコミは見て見ぬ振りを決め込んでいます。権力の広報機関に堕して、権力批判をほとんどしなくなっています。産経・読売などは強力に都教委の後押しをしています。
 マスコミを掌中にした権力は暴走します。怖いのです。ナチスや大日本帝国が国を挙げての狂気に邁進してしまったのには、マスコミの力が大きくかかわっています。9.11同時多発テロ後のアメリカがそうでした。

 もうこの国は「大日本帝国」の亡者たちに乗っ取られてしまったのか、と絶望と無力感でヤケッパチな気持ちになっている時に「ジム局長日記」に出会いました。味方にこんな素敵な人がいる。まだ諦めるのは早い。絶望している暇などないぞ、と元気付けられました。

 澤藤さん(もちろん一面識もない方ですが、ついこう親しく呼んでしまう。)と、私はとても波長が合っています。朝、新聞に目を通して意識に引っかかった記事があると、食事をしながらカミさんを相手に批判したり、怒ったり、愚痴ったりしていますが、翌日には、ほとんど必ず同じ記事を澤藤さんが「ジム局長日記」で取り上げています。カミさん相手の私のしどろもどろの愚説と違い、切れ味鋭く的確に論じていて、してやったりと溜飲が下がります。
 いつ寝ていらしゃるんだろうかと心配なほど、八面六臂の活躍でお忙しい方なのに、「ジム局長日記」を毎日欠かさず書いています。頭が下がります。

  是非「お気に入り」に入れて下さい。

「澤藤統一郎の事務局長日記」
http://www.jdla.jp/jim-diary/jimu-d.html


9. 孔だらけにしてしまえ
 2004年8月23日

 「ペン部隊はもっと厳しく指弾されていい。私たちは 私たちの心の内と外にいるペン部隊的なるものをこそ攻撃すべきである。 だが、新しいペン部隊には、司令部も顔も人格も場所的中心もない。 鵺のようなものなのだ。撃つべき急所というものがない。じつにうまくできているのだ。ならば、成員に内部からの反乱を呼びかけるしかない 。おおかたの成員はペン部隊成員である自覚もないから、いかにも心許ないけれど、 部隊からの脱走ないし反乱を、「私性」をまだ完全には摩滅させていない 少数の部隊員に呼びかけるべきである。これは無駄な情熱というものかもしれない。でも、言うべきであろう。顔を取り戻せ、言葉を取り戻せ、文体を取り戻せ、恥を取り戻せ。反乱の勇気がないのなら、その場で静かに穿孔せよ。情報市場に細かな孔を開けてしまえ。 帰属する組織にたくさんの私的な孔を穿て。深く密やかに穿孔せよ。まっとうな知の孔を開けよ。孔だらけにしてしまえ。そのように呼びかけるべきである。ひょっとしたら、 呼応する者が幾人かいるかもしれない。」 (辺見庸×高橋哲哉「私たちはどのような時代に生きているのか」より)

 「ペン部隊」とは1938年に、国民の戦意高揚をはかるために戦地に派遣された作家・ ジャーナリストを構成員とする大日本帝国の戦争遂行のための宣伝マンたちである。1942年には「皇国 ノ伝統卜理想トヲ顕現スル日本ジャーナリズムヲ確立シ、皇道文化ノ宣揚二翼賛ス ル」ために「日本文学報国会」が創立され、ほとんどの文学者・ジャーナリストが 「尽忠報国」のための活動を極めて積極的に真面目に遂行するようになる。

 辺見氏は、絶望的な状況の中で真正面から権力と向きい、 孤立無援の闘いを闘っている 数少ないジャーナリストの一人である。
  現在のジャーナリズムの状況を、氏は「ペン部隊」と同じだと言う。 ジャーナリスト本来の役割を捨ててしまって、「尽忠報国」に奔走 する姿勢が大勢となっている。とりわけマスコミの状況がひどい。 孤立無援の闘いを闘っているもう一人のジャーナリスト・斎藤貴男氏 も著書「『非国民』のすすめ」で一章を割いている。政治評論家・森田実氏も そのホームページで再三再四 その危険性を指摘している。

 辺見氏の憤りは激しく絶望は深い。 それでも「ひょっとしたら、呼応する者が幾人かいるかもしれない」 とわずかな希望を託して、上記のような呼びかけをしている。 私には血を絞るような悲痛な叫びに聞こえる。

  「ペン部隊」を「権力に従順な教師や生徒たち」と置き換えて読んでみる。そこに「保護者たち」も入れていい。 もちろん、ジャーナリズムや教育の部外者でも、自分に引き就けて、自分への呼びかけと読めるはずだ。

 ボルテージの最も高い部分を教育現場への呼びかけに言い換えて みる。

  顔を取り戻せ
  言葉を取り戻せ
  誇りを取り戻せ
  恥を取り戻せ
  反乱の勇気がないのなら
  その場で静かに穿孔せよ
   教育現場に細かな孔を開けてしまえ
   帰属する学校にたくさんの私的な孔を穿て
   深く密やかに穿孔せよ
   まっとうな知の孔を開けよ
   孔だらけにしてしまえ


  抑圧者らへの批判や反論をしたり怒りをあらわにしているだけでは、 飲み屋での愚痴の言い合い, 傷のなめ合いと何ら変わらない。教育現場を孔だらけ にしてしまうための議論をしよう。
 ただこの種の議論では、現場の先生たちにとっては不愉快な意見も 多々述べる事になる。批判・反論を期待したい。

   私の生活圏が狭いために私の耳目に届かないだけで、 すでに各職場でいろいろな試みが行われているのかもしれないが、 教育現場で何事かがいろいろと始まってしかるべきだろう。
 まずは各職場で、不服従を貫いて闘っている人たちを孤立させ ない取り組みをすべきだろう。事あるごとに連帯を表明したり 激励したりするだけでもよい。さらにそれぞれの職場の事情に応じて、 連帯の仕方を創意工夫できるといい。
 一番有効なのは不服従の闘いに加わる教員が増えることだ。 もし私が現役の教員だったとして、不服従を貫けるかどうか確信がないので、 くちはばったい物言いになってしまうし、あまり現実的ではないことを承知で、 先生たちがんばれ、と言いたい。

     不服従を貫き、処分され、いま訴訟で戦っている人は200名ほどという。 200名も、と言う人もいるが、私はその数を知ったとき桁が違うと思って、 少しがっかりした。

 こんな想像をしていた。
 「教員時代を思い起こすと、どこの職場にも不服従を貫きそうな人は 数名ぐらいはいたように思う。いま都立高校の数は約200校ぐらいか。 一校に五人の不服従者がいれば、計1000人になる。一人一人が自分 の意思で決断した1000人。これは迫力がある。都教委には 「たかが教員などに何が出来るか。」と教員を見くびっている節がある。 1000人の抵抗という都教委にとってはおそらく予想外の事態に出会ったら、 都教委はさぞかし慌てふためくだろう。どんな対処が出来るのか、見ものだ。」と。

   次回から、直接抵抗以外の「孔の穿ち方」をいろいろ考えてみる。

 

10. 教育現場での「孔の穿ち方」・その1
 2004年8月24日

  「でも風雨強かりし中で私は思い直します。
 時代の追風がある時だけ私たちは理想を語ってきたのでしょぅか。 日本国憲法の理想が日本社会で開花しているとでも考えてきたのでしようか。「日の丸・君が代」 で処分された夥しい教師たち、あるいは思想信条上の理由で差別され、抑圧されてきた多数の人びと の存在を想起するだけでも、私たちは決して物言わぬ教師になってはいけないと思うのです。 今こそ無力感や敗北主義を克服し、ピンチをチャンスに変えたいと思うのです。」
(「世界」2004年4月号所収・戸坂真「『日の丸・君が代』を生徒と学ぶ」より)

 この文の執筆者は埼玉県の社会科の先生のようだ。「孔の穿ち方」を次のように提案している。

 「「日の丸・君が代」の強制を凌駕するような卒業式づくりをめざし 、授業で「日の丸・君が代」を生徒とともに学び、保護者や地域の人々 と連携していきたいと思います。私自身もこのプランを実現する途上に 立っているに過ぎませんが、この議論と実践積み重ねていけば、少しで も現状を変えていけるだろうと期待します。」(下線、仁平)

 他府県の学校では、東京都でも小学校・中学校では、もうずいぶん以前から 「君が代日の丸強制」の嵐に見舞われ、既にその定着を許していることに改めて 思いいたる。もしかすると都立高校が「自由と民主」の最後の牙城なのかも知れない。 石原のなりふりかまわぬえげつない蛮行は、それゆえのあせりの表れなの だろう。

 戸坂氏のように地道な戦いを続けている教師たちが全国にたくさんいるだろうし、そうした教師たち の実践から学ぶことが多々あるに違いない。特に「保護者や地域の人々と連携する」 ことが重要だが、これが最も難しい。私には何をどうしたらよいのか、さっぱりわからない。 有効な実践があるのなら知りたいと思う。
 私には、そのことを自己目的化するのではなく、よりよい教育活動を目指す営みを通して 信頼関係を築くほかないように思われる。登坂氏の主張もそのように理解したい。

  ただ私は「「日の丸・君が代」の強制を凌駕するような卒業式づくり」 には異論がある。
 だいだい私は、結婚式や葬式も含めて儀式が大嫌いなのである。 儀式はうそっぽく、うさんくさい。大きな儀式になればなるほどその感がいよいよ強い。 国家が主催する儀式や、国家間の儀礼は、もう「欺式」と言うほかない。見るのもおぞましい。
担任をしていた生徒の卒業式では不覚にも涙を流したことがあるが、それでも嫌いだ。

 「君が代日の丸」のある儀式など、感動的なものにしてくれるな、と言いたい。「君が代日の丸」を拒否できない のなら、むしろ逆に、抑圧者以外は参列したくなくなるような、強圧的で貧相でばかばかしい卒業式 にしてしまえ、 と思う。内容を削りに削って、極端に言うと「日の丸」を敬虔な振りをして仰ぎ見ながら、「君が代」 をもぞもぞと斉唱するだけの式。いやいや参列しているものが「君が代日の丸の強制」に対する 抵抗の意思を新たに胸に刻むための式にしてしまえ。
 生徒の入学や卒業を心から祝う会は別にやればよい。その祝う会の方は、生徒と一緒に 大いに創意工夫して、のびのびと楽しく感動的な会にしょう。

 「君が代日の丸」のある式を感動的な式にするのは、「君が代日の丸」 があって当たり前というよう情況を作るだけだ。「君が代日の丸」があるから 感動も大きいのだとなっていく。まさにオリンピックでのように。

 オリンピックで人は何に感動するのか。選手たちが持てる力を出し切って記録や勝負に挑む姿 、その過程で見せてくれる見事な技、限界に挑戦する精神力。総じてたゆみない日ごろの厳しい修練の 結実に感動する。 それがいつのまにか「君が代日の丸」に感動してるように錯覚している。
 表彰台上の選手自身も、目的を見事に成し遂げた達成感と、そこに到るま での苦楽のすべてを反芻しての感動のはずなのに、「君が代日の丸」に感動してる ように錯覚して、実際にそんな感想を述べたりする。ばかばかしい。 国家権力の思う壺にはまっている。

 「素朴な愛国心」育成のために権力者はスポーツも利用する。 スポーツの利用はもしかすると教育利用以上に効果的かもしれない。 対象が子供だけでなく圧倒的に大人が多い。成人してからの意識の変革はむずかしいが、たいした反対 に出っくわすこともなく、当人にそれと気取られることもなく 、いつのまにか「素朴な愛国心」の「刷り込み」が出来てしまう。利用しない手はない。

 最近、サッカーのアジアカップで中国の観衆が「君が代」演奏に ブーイングしたのはけしからん、スポーツに政治を持ちこむな、 とマスコミ挙げての大合唱があったが、何をバカを言ってるんだと思う。 スポーツでの国歌演奏そのものが、国家権力の意を受けての政治介入だ。 スポーツに政治を持ち込むなと言うなら、スポーツでの国歌演奏は やめろ言うべきだ。

 「オリンピックやサッカーや甲子園では当たり前なのに、どうして学校 では駄目なのか」と言う論理を、学校に対する「君が代日の丸強制」に 賛成の人がよく使う。
 ちっとも当たり前じゃないのだ。学校の儀式のときと同様、サッカーの競技場で国家への忠誠と 天皇への帰順を胸に熱くたぎらせて立っているものが何人いると言うのだ。大方は苦痛を感じながらイヤイヤ立っているに 違いないのだ。 みんな自分の感情にしたがって、本当のことを言うといい。あれはいやだと。あんな ものが当たり 前になっていると勘違いしているのは、すっかり「素朴な愛国心」を刷り込まれ育成されてしまっている 者だけだ。