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第1364回 2010/02/02(火)
今日の話題
新聞の記事から3題(1)
「迎合の奴隷根性」を育てるもの
昨日の東京新聞夕に、久しぶりに心に留まった文章が3編あった。まずは、大いに共感にした文章から。
(1)
評論家・脇地炯(わきじ けい)氏。私には未知の方でした。『ソ連弾劾と『信仰』者批判 内村剛介氏の思い出』と題する評論文です。昨日のブログ記事のおしまいのところで、支配階級がもくろむ「教育」のことにふれました。そのことと重ねて脇地氏の論文を読んだのでした。
「著名な人権活動家、サハロフ博士がソ連軍のアフガニスタン侵攻を批判して流刑された1980年1月」、当時新聞記者だった脇地氏は内村剛介氏に初めて原稿を依頼した。承諾をうけ、無事記事になるまでのエピソードを語った上で、その時の内村氏の論文「トレランスの袋小路」の紹介をしている。
改めて読み返してみると、この中で氏は
「全体主義は情報の国家独占を意味し、この独占は迎合の奴隷根性を育て、不信の画一主義が全社会をおおう。かくてモラルの堕落はとめどがない」
と訴えた。
(サハロフ)博士の「世界へのアピール」を紹介し、言論上の寛容(トレランス)を一切認めないソ連権力と闘ってきたことを称賛している。博士は前世紀末にドストエフスキーが予見し、いまや現実と化したニヒリズムという「文明の敵」のまっただ中にいるのだ。けれど、民主的寛容をむねとしてきた日本人は、彼を救おうにも、こうした非寛容のシステムにどう対してよいか分からない。それは別の意味の非寛容がわが国にあって、私達を金縛りにしているからではないか、と氏は指摘する。そういう内容である。
(中略)
日本にも非寛容があるのではないかという言い方で氏は、「信仰」によって他の意見を排除している知識人の「奴隷根性」を批判したのだ。この工夫は当時、必ずしもマスコミには容れられなかった氏が苦労して体得したものだろう。
日本人が「民主的寛容をむねとしてきた」かどうかは議論の余地があると思うが、「非寛容がわが国にあって、私達を金縛りにし」「迎合の奴隷根性」が蔓延してきているのは確かだ。そうした事態がじわじわとそこここに露出してきている。もちろんその事態が及んでいるのは知識人に限らない。
「日の丸・君が代の強制」と闘っている「被処分者の会」の尾山宏弁護団長は、東京都の教育行政の根底に巣くう「非寛容」なイデオロギーを批判し、強い懸念を表している。内村氏が「信仰」という言葉で言い表していることは、私が使ってきた言葉で言えば、虚偽意識(イデオロギー)と同じであろう。その「信仰」ともいうべき「非寛容」イデオロギーの行き着く先にあるのが、例えばあの醜悪な「在特会」である。まさに「ラーゲリ」のイデオロギーと軌を一にしている。
剛直な氏の姿勢はソ連崩壊後も変わらなかった。93年8月に新聞掲載の「『報い』とロシア知識人」の中で氏は、文学者リハチョフが自身のラーゲリ体験について「雨に遭い、体を濡らしたようなことだ」と述べたことを嘆じ、「社会主義国家が冒した地球大の犯罪」を「自然現象」のように容認してしまうとは何事か、と強く批判している(『わが身を吹き抜けたロシア革命』五月書房=所収)。
この文章は、ラーゲリ体制と情報独占のシステムが残したニヒルな倫理的退廃を憂え
たものだ。と同時に、崩壊を目の当たりにして、これも「自然現象」だとばかりに、無反省なまま「信仰」を捨て、「信仰」の責任逃れを始めたわが国知識人への異議申し立てでもあった。
「雨に遭い、体を濡らしたようなことだ」と、「日の丸・君が代」を強制されるたびにじっと面従腹背を続ける生徒や教師たちが、もしかすると陥るかも知れない「ニヒルな倫理的退廃」を、私は憂えている。「ニヒルな倫理的退廃」とあらがう過程で、精神的な疾患に陥る人や退職せざるを得なくなる教師が増えている。自ら命を絶つ人もいる。次の紹介する文章(野田正彰著『なぜ怒らないのか』より)はもう6年ほど前のものだけど、いま学校はますますおかしくなっている。
辞めていく熟練教師たち
教育の荒廃はすさまじい勢いで進んでいる。今週末の参議院選挙の焦点の一つは教育基本法であり、教育基本法と直接結びつく憲法改正問題だが、あいかわらず集票戦術の陰に隠されてしまっている。
いかに学校が病んでいるのか、1998年より教師への抑圧を続け、自殺者を出し続けている広島県の最近の数字を見てみよう。たとえば定年前の退職者が急増している。広島市を除く小中学校教諭の早期退職者は、98年度は70人だったのに2002年度は119人になり、03年度には189人に激増している。この年の教諭の全退職者は213人なので、早期退職者が89%を占める。他方、校長の全退職者(同年)は91人であり、早期退職者は25%、定年退職者は75%である。学校の先生は安定した職業であり、ほとんどの人は定年まで勤めたいと思っている。にもかかわらず、多くの先生が無念の思いで辞めている。
早期退職の理由を尋ねると、
「現場の意向を無視した教育行政に憤りを感じる」
「強制と処分の教育行政による教育意欲の喪失」
「報告など事務的なことが多すぎ、子どもに向き合えない」
「不当な配転による意欲喪失」
などを訴える。
年休者の増加、そのなかでの精神疾患による休職者の急増を見ても、同じ現象である。広島市をのぞく全教職員について、2000年度の全休職者は161人だったが、03年度には202人(25%増)になっている。精神疾患の比率は、99年度に35%だったのに、03年度は55%に急増している。
一般の企業ならば、これほどの精神疾患の増加は人事問題や経営問題として調査検討される。だが学校についてのみ、教育行政の問題が分析されず、教師が弱いからだと片付けられている。労働者の休退職を労働者が弱いからだと切り捨てていた、半世紀前と変わらない。
子どもたちは先生たちの葛藤を通して、彼らの社会観を形成していることを忘れてはならない。先生が快く働けなくなっているのに、どうして子どもが活き活きと生きられようか。
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