あれこれ ある会話 大正時代の滝野川誌より 喫茶店で
北区ニュース まちの話題より 偉いもんだなぁ 黒田みち子さん談
米田校長先生(現十条中学校長)談
にんじん ニンジンのいろいろ 栽培の始まりと品種
全国に知られた江戸名物・
滝野川ニンジン
江戸・東京ゆかりのニンジン品種:滝野川
ゴボウ 栽培の始まりと名品種
・滝野川ゴボウ
江戸・東京ゆかりの品種

編集:金子


滝野川ごぼう牛蒡、滝野川にんじん人参について

ある会話

「滝野川ゴボウって知ってる?」
「なにそれ?知らないよ、聞いたことないよ。だいいちこの辺でゴボウ作って
るとこ見たことないしぃ、畑だってないじゃんかぁ。」
「あのね、今の話じゃぁなくてね。昔々ね、江戸時代にね、この辺でゴボウを
たくさん作ってたんだってよ。」
「へ〜、そうかい。」
「滝野川ニンジンつーのもあったんだってよ。」
「ほんとかよ!」
「そんでね、そのゴボウとかニンジンがね、ここ滝野川から日本全国に広まっ
ていったんだってよ。」
「ほんとにぃ?お前また後でウッチョーとか言うんじゃぁないの?」
「いいえぇウソじゃぁなくて、これ本当らしいよぉ。」
「ほらね・・やっぱしらしいつーことじゃんかぁ」
「わかったよぉ、じゃぁさぁ、学校の先生に聞いたり、図書館行ったり、大先
輩に聞いたりして、調べれば信用すっか?」
「そうね、そりゃまぁ信用してもいいよ。」
「よぅし!じゃぁやってみるっす。」
「うん、やってみてちょ。」

大正時代の滝野川町誌より

『産業』
本町は地勢おおむね平坦で、土地も肥沃であったから畑地が多くひらけていた、
荒川方面、石神井川用水沿岸の一帯と、谷田川、谷端川沿いには水田があって
米穀も産した。とにかく本町の往時の産業は農産業であったのである。
 特に本町は、蔬菜(ソサイ)〔青物、特に根菜の事〕栽培に特色があり、その
種苗の産地としては、天下に著名である。なかにも滝野川牛蒡(ゴボウ)、滝野
川胡蘿蔔(ニンジン)、滝野川葱、宮谷戸蓮根、大根、中里の里芋、田端中里の
小松菜などは世に喧伝されるばかりではなく実際に江戸の食通に舌皷せしめた
絶品が多かった。
 蔬菜種子の起源は古い時代の事は判然しないが、徳川綱吉が練馬村に別荘を
建て邸内に尾張大根を作って食した所が、すこぶる美味であったので、?来(ジ
ライ)同村に大根賦役を置いて年々栽培させたが、その種子の採収は滝野川村
で採取する様になった。つまり食用大根は練馬で作り、種子用大根は滝野川で
作るように産地が分かれたのである。これが又、学理上種子交換と品質改良上
最も必要なことで、偶然にも分業となって練馬大根は立派に改善されたものと
思われる。  
 こうして練馬大根の名が天下に知られると共にその種子の需要も増加してき
たので、滝野川の桝屋孫八、越部半右衛門、榎本重左衛門などは、これを他に
販売することに努めた。また諸侯の参覲して国に帰るものが必ずこれをもとめ
て村民に分かち作らせたということで、滝野川種子の名声は益々高くなった。
 この時代から大根種子ばかりではなく、享和(1801頃)ころから、胡蘿
蔔(ニンジン)牛蒡を作り天保(1830年頃)ころから三河島菜種子も販売
し、明治(1868年頃)におよんで白菜などの種子も販売するに至った。
 滝野川村の三軒家という地名は、前記の三軒が種子販売店を創めたから出た
という。

喫茶店で・・・
「はい〜コーヒーおまたせ〜、」
「はい〜、おばちゃん、そこ置いといて。」
「なに読んでんのよ。メガネかけちゃって」
「んーと、友達と約束してさぁ、調べものしてるんよ。でもね、大正時代の文
献だからさぁ、ちょっとむずかしいし、地名なんかも今とだいぶ違うしなぁ。
でもなんとなくぼんやりだけど、わかってきたような気もするんだけど・・・」
「なに調べてんのよ」
「おばちゃん、滝野川ゴボウとか人参って知ってる?」
「よく知らないけど、なんか紅葉中(14年PTA文部科学大臣表彰受賞)で
生徒さん達が、実験栽培してるって聞いたなぁ、」
「えっ!そうなの!」
「確か去年の北区ニュースに載ってたような気がするんだけど・・」
「今あったら、見せてよ。」
「ちょっと、待っててね。・・・有ったよ!おばちゃんって言わなければ、見せ
てあげるわよ、私のほうが3つも若いんだからね!」
「はい、もう言いませんです。=3つって、じゃぁ47歳じゃん、立派なおば
ちゃんじゃん=」
「なんか言った?」
「いいえぇ」

北区ニュース まちの話題より
『紅葉中学校生徒会と地域ボランティアの方が滝野川ゴボウを収穫』
 江戸時代、滝野川は種の産地として有名で、特に「滝野川ゴボウ」は名高い
ものでした。しかし、北区で宅地化が進むにつれ、市場から姿を消しました。
 そこで、PTA や地域ボランティアの方が中心となり滝野川ゴボウを復活さ
せようと決めました。紅葉中学校に協力を呼びかけたところ、生徒会で栽培を
することになり、栽培活動が始まりました。
 ゴボウの種をはじめて見る生徒が多い中、今年も5月には、地域の指導ボラ
ンティアの方と共に、生徒が種まきをしました。
 夏休み中は生徒が交代で、水やりをかかさないように大切に育てていきまし
た。11月8日の収穫祭では、最初は手を出さず、作業を見守っていた生徒も、
徐々に参加し、ゴボウの根が見えて来るにつれて「根が切れちゃうよ」「掘った
土を掛けて来ないでよ」と夢中になっていました。ボランティアの倉持唯夫さ
ん(滝野川7丁目)は「去年は短くて枝分かれしていたけど良くなったかな」
と生徒の声をかけていました。
倉持さんの孫の伸矢さんは、生徒会の書記を努めていた3年生です。「おじいさ
んがゴボウの指導をしていたのを知らなかったので、びっくりした。ゴボウの
世話は大変だったけど、大きいのができたときは達成感があった」と話してく
れました。収穫祭の日の給食には、生徒が掘ったゴボウと、群馬県甘楽(かん
ら)町から運んできた同種類のゴボウで作ったまぜご飯がでました。そして、
生徒会の生徒とPTA 及び地域ボランティア、学校職員で昼食会を開き、ゴボ
ウを味わいながら食べました。生徒たちからは「苦労したから最高においしい
です」「ゴボウ作りでおとしよりともかかわれていいですね」との声が聞かれま
した。
 2年生で生徒会長の有田礼さんは「先輩達が卒業してしまいますが、これか
らは私達が頑張ります。来年はもっと長くて太いのを作って皆で食べたいです」
と来年度への意欲をみせてくれました。

偉いもんだなぁ
 =中学生つーのは偉いもんだなぁ。江戸時代から昭和初期までここ滝野川で
作られていたゴボウを復活させるんだもんなぁ 聞くところによると、6・7年
前から栽培してたみたいだもんなぁ、つーことは、誰が最初に紅葉中で昔から
のゴボウを作ってみようとしたんだろう?去年は収穫できたけど1年目からう
まく収穫できたんだろうか?そのへんを調べてみようかなぁ=
 
黒田みち子さん談
 私たちが滝野川ゴボウ、ニンジンの保存会を作ったのが、6・7年前です。
これらの根菜を紅葉中の庭で育ててくれれば、いいなぁと思いました。倉持さ
んをはじめとして、地域の皆さんと、先生と生徒が協力し合って、ゴボウを作
るということを通じて、強くたくましい子供を育てたいという主旨でしたね。
また滝野川ゴボウ、ニンジンについての資料がたくさんありますので、あとで
ファックスしますから参考にしてください。

米田校長先生(現十条中学校長)談

 6年前に黒田さんから地域の方、先生、生徒が協力して滝野川ゴボウを育て
ましょうというお話がありました。校庭では部活動などがありますので、1年
目は体育館の裏に場所を作り栽培しました。土がよくないと思いましたので、
中央公園で木の葉などを集めて、腐葉土を作って種をまきましたが、芽は出た
のですが、やはり土の具合が良くなかったのかそれ以上は育たなかったですね。
 2年目は、早くから土に生ごみとか野菜くずなどを混ぜ、15センチ間隔で
種を植えました。葉っぱがかなり大きく育ちましたが、イモムシ等に葉が蝕ま
れました。しかしながら、小指ほどのゴボウらしきものは、出来ました。小さ
いけれど、ゴボウの香りはしていました。
 3年目は、体育館横、校庭近くの日当りの良い場所に移しました。しかし生
ごみのせいかどうか、ゴボウのまわりに大きなミミズが発生しました。ゴボウ
の葉は直径30〜40センチぐらいに育ちましたが、コンクリートの上に30
センチくらいの土を入れたんですけど、滝野川ゴボウは長いものは土中1メー
トル位までに育つらしいのですが、30センチくらいしか土の厚みしかありま
せんでしたので、根が枝分かれしてしまいました。
 しかし、徐々にゴボウは育ち、豊かで深い土と、日光があれば、1メートル
位の滝野川ゴボウができることがわかりました。生徒も栽培の経過を楽しく見
ています。

=いろいろとご多用のところ、両先生、大変ありがとうございました。またゴ
ボウ、ニンジンについてのお話聞かせていただければ、幸いです。=


ニンジン:
ニンジンのいろいろ』
 にんじんは、いまや1年を通して店頭に並ぶ代表的な赤色野菜である。その
大部分は、根の長さが10〜15センチと短い短根種で、明るい朱色をしてい
る。 一方ごく少量ではあるが、根が25センチとやや長く、色は濃い赤で香
りの強い、金時ニンジンが見られる。主として関西地方で煮物料理に多く使わ
れている。これは東洋種の1つである。 このほかに、現在では見かけなくな
ったが、根が80センチ〜100センチにもなる東洋種の長根種がある。江戸
時代のニンジンはすべてこの種類で、後に伝わった西洋種とともに、昭和に至
るまで親しまれてきた。栽培されなくなったのは、ニンジン特有のにおいがつ
よすぎたこと、土の深い畑でなければよいものができないこと、そして収穫に
手間がかかるためであった。
  
『栽培の始まりと品種
 東洋種のニンジンは1600年ごろ中国を経て伝わり、江戸時代に各地でさ
まざまな品種が生まれた。主はものに、滝野川・金時・唐湊(トソ)などがあ
る。
 滝野川ニンジンは代表的な長根種。享保年間(1716〜36)に八代将軍・
徳川吉宗が全国から集めた野菜の中の1種で、その後、滝野川で栽培されるよ
うになったので、この名がついた。金時は享保年間に遠江(トオトウミ・現静
岡県)や摂津(セッツ・現大阪府)で栽培されたと記録されている。また、唐
湊は年代は不明であるが、むかしから鹿児島市の唐湊で栽培されていたという。

『全国に知られた江戸名物・滝野川ニンジン』
 【滝野川町誌】には、「江戸時代の滝野川名物として、滝野川の胡蘿蔔(ニン
ジン)、小松菜、蓮根、種子・・・・」と書かれてある。胡蘿蔔をニンジンと読
ませていたわけで、東洋種のニンジンを指している。胡の国(西域)からきた
大根という意味で、日本でも昭和20年ごろまで使われていた言葉である。
「滝野川の地域は、武蔵野台地の1部で、水田に乏しく、畑地ばかりなので、
米の代わりに野菜を作って江戸に出荷していた。それを篤農家達が改良して、
優秀な品種を栽培するようになった。ことに、ニンジンとゴボウは逸品として、
江戸の人々に歓迎された」 これは、【北区の風土記】の1部分である。古くか
ら、ニンジン・ゴボウの野菜栽培が盛んで、品種改良や、種子生産が行われて
きたことがうかがえる。 【北豊島郡誌】によれば、滝野川ニンジンの採種の
始まりは享和年間(1801〜4)と思われる。
 名産となった滝野川ニンジンは、当時の野菜市場である駒込や神田の出荷さ
れた。さまざまに料理され、貴重なおかずとなって江戸庶民の台所をうるおし
たであろう。

『江戸・東京ゆかりのニンジン品種 滝野川』
 長根品種で、長さは100センチに及んだ。7月上旬にタネをまき、11月
から収穫する。1部は土中に貯蔵して、春まで食べた。東洋種独特の濃い赤紅
色で、香りが強く肉質がしまっているのが特色である。関西の金時ニンジンと
並んで関東地方では、享保年間から昭和20年ごろまで約200年にわたり栽
培された。主に滝野川・板橋・練馬・世田谷・杉並の各区でつくられた。その
後、宮崎県赤江(アカエ)地方で栽培されるようになり、いつのころから赤江
と名付けられて出荷されはじめた。

ゴボウ: 
『栽培の始まりと名品種・滝野川ゴボウ』
 香り高いゴボウは、古くから日本人に好まれた。最近では繊維質が多いこと
から、腸の掃除役やコレステロールを低下させる健康野菜としての効用が話題
になっている。 
 ゴボウのルーツを探ると、ヨーロッパ・シベリア・中国などに分布していた
野生ゴボウにまでさかのぼる。日本へは1000年以上前に、中国から伝わっ
たらしく、平安時代の文献には、栽培がすでに始まっていたとある。
 江戸時代には滝野川村(現北区滝野川)で改良・採種され、特産品となった。
地名をとって名付けられた滝野川ゴボウは、全国に広がっていった。
 【滝野川今昔物語】によると、「滝野川ゴボウの採種・販売は元禄年間(16
88〜1704)、鈴木源吾が創始者として知られている」とある。また【北豊
島郡誌】には「西部各村に産す、長大にして、美味なること称揚せらる。冬・
夏の2種あれども、冬季販売するものを多しとする」とあり、西部各村(滝野
川・板橋・練馬)では、特産ゴボウの秋まき夏どり、春まき秋冬どりが行われ
ていたことと思われる。
 また【文化の滝野川】をみると、滝野川村での大正10年の青果用ゴボウの
作付面積は2.8ヘクタール、採種用ゴボウは1.1ヘクタールだったことが
わかる。やがて滝野川ゴボウが基本品種となって、中の宮や渡辺早生といった
新品種が改良されて生まれてきた。
 
『江戸・東京ゆかりの品種』
@滝野川
元禄年間に栽培が始まった滝野川ゴボウのタネは、中仙道に店をかまえた種
苗商から全国に広まっていった。
当時は色の違う白茎種と赤茎種があったが、本命となったのは品質のよい赤
茎種で、これが滝野川ゴボウに受け継がれた。長年かけて改良が重ねられたポ
イントは3つ。とう立ち(花茎が出始めることで、根の成長は止まる)の時期
を遅らせること、肉質がしまった歯切れの良いゴボウに仕上げること、そして、
スが入りにくく、肌の色の淡いものをめざすことだった。
A中の宮
 明治中期に、上練馬村 中の宮(現練馬区春日町)で生まれた品種である。
滝野川ゴボウから生育の早い早生(ワセ)のタネを選び出し、その後、篤農家
の鹿島安太郎が改良を重ねていった。早生でとう立ちが遅く、秋まき夏どりの
安定した品種として栽培された。
B渡辺早生 
 練馬区大泉の篤農家・渡辺正好が昭和25年に育成し、同年に農林省の種苗
名称登録を受けた品種である。
 これも滝野川ゴボウから改良されたもので、やや短く、全体的に肉付きが良
いのが特徴だ。早生で、秋まきをしてもほとんど、とうが立たない性質は夏ど
りゴボウとして有利であった。さらに、春まきして初秋に収穫される早だしゴ
ボウとして、各地で栽培されるようになった。

=いやどうも〜、ここまで読んで頂いてあんがと!途中で退屈されませんでし
たかぁ?僕もひょんなことから滝野川ゴボウ・ニンジンについて調べることに
なっちゃって・・・、まぁ調べていくうちに、ちょっと面白くなったような気
もします。これでおしまいじゃぁなくて、黒田様も資料をファックスしてくれ
るそうですし、PCの先生(すずめ工房の鈴木先生)も資料くれたりしていただ
いてますので、今度は、ゴボウやニンジンを江戸時代の人はどんな風に料理し
てたんだろうとか、そんなことが、わかったらまた書き加えちゃおうかとおも
ってます。よろしく〜〜!じゃぁね!いつになるかわかんないけどそれまでバ
イバイ!= 

参考資料:【滝野川町誌】、【江戸・東京ゆかりの農作物物語】、【北区ニュース】